シニアネット仙台オールディーズOldays 活動記録の利活用のために

どこかに積んだままになりがちな古い資料やデータを散逸しないようにするにはどうすればいいでしょうか。仙台で活動しているNPO法人「シニアのための市民ネットワーク仙台(通称シニアネット仙台)」のアーカイブサイト「シニアネット仙台オールディーズOldays」を始めました。なんだかあか抜けないなあ、と自分でも思いますが、お金をかけない、運営負担をなるべく少なくする-の方針のもとにボランティアで続けるには妥協も必要なんです。
 シニアネット仙台とのかかわりは、1995年8月12日の立ち上げに参加したことから始まりました。NPOが日本に登場する以前のことで、市民活動とかボランティア活動とか称していました。ネット環境が素朴ななか、手作りでホームページを立ち上げました。仙台の市民活動団体の中で最も早かったことは自分だけが知っています。(笑い)
 このホームページにはほぼ10年分の活動の記録が収容されました。当時のメンバーたちの「血と汗と涙」、喜怒哀楽のすべてが詰まったデータといえばいいでしょう。あまりにも手作り感がすごくて、その後のホームページ更新と連動させることができませんでした。データの散逸だけは防ごうと、自分のハードディスクに一括保存してあったのですが、画像の位置情報や画像自体がどこかにとんでしまい。元の形で表示することは難しくなりました。
 以来、時間だけが過ぎていくので、今回、無料のブログサービス(ライブドア)を使って「オールディーズ」を作ることにしました。自分のハードディスクに保存した大量のデータを一つ一つ確認しながら掘り起こし、適宜、説明を加えながらブログ記事として仕立てます。画像もあるので思うようには進みませんが、これもボランティアならでは。数日おきにブログが更新されると思っていただければありがたいです。
 もともと40代半ばに仕事でシニアネット仙台の立ち上げにかかわりました。会社からは「いくらキャンペーン(だったのです!)の成果とは言え、人や金をいつまでも出せない」と言い渡されたのをきっかけにNPOの世界にはまっていきました。
 多くの「同志」たちと出会い、仕事以外の人間関係に導いてもらいました。会社を卒業して早くも丸7年が過ぎました。大きな組織を卒業しても、慌てることなくやってこれたのは、シニアネット仙台時代に培った自立心(?)のたまものではないかと思って、のんびりと進むことにします。

「仙台のオト」を主題に組曲 作編曲家秩父英里さんと仙台のミュージシャンが共演

仙台の「街の音」を採録し、さまざまな音にちなんだ曲を組曲形式で演奏するジャズライブを聴きました。仙台ジャズギルド主催の「Sound Map ← 2020→ Sendai」。米ボストンにあるバークリー音楽大学を首席で卒業した作編曲家でピアニストの秩父英里さん=仙台出身=が仙台の中堅の演奏者らと共演しました。

「Sound Map ← 2020→ Sendai」に出演した演奏者たちは事前に採録した「街の音」を主題に、4パートから成る組曲を演奏しました。伝統的なジャズのニュアンスだけでなく、現代音楽のような展開、カリプソ的な南国調など、とても楽しめる内容でした。特に賛助出演した仙台フィルのチェロ奏者山本純さんのサウンドは、ジャズライブの楽しさを新たに提供してくれるようでした。

組曲の芯となった「街の音」は、市バスの車内の音、清流として知られる広瀬川の流れをとらえた音、仙台空港の発着音など。「街の音」によって演奏者の何がどう刺激されたのかは、推測することさえ難しいのですが、秩父さんの指示・指揮のもとに繰り広げられるサウンドを聴いているうちに、新しい形の「街の音」が生まれつつあるように思えてくるのでした。

 同時に、新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されるなかで「街の音」を取り上げたことの意味が次第に明瞭になってくるようでした。わたしたちの暮らしがひたすら自粛、活動停止に向かえば、あれほど多様で豊かだった「街の音」が消えてしまう可能性さえあります。そこには、演奏家たちが今こそ、演奏し表現し続けることの意味も二重写しになっていました。

おひとりさまメディア、っていいもんだよ。

仙台のさまざまなメディアの関係者が事例発表する「仙台メディアフェスティバル」が2019年11月23日、仙台市青葉区一番町のフォーラス8階「TAGE」で開かれました。市民参加型のニュースメディア「TOHOKU360」と「TAGE」の共催で、100人を超える来場者で一日中、にぎわいました。仙台メディアフェスティバルは今回が2回目。

TOHOKU360の編集デスク兼通信員(市民ライター)としてTOHOKU360に参加しているので、正確には主催者側あるいはその応援団的な立場ではありますが、個人的なメディア活動である「メディアプロジェクト仙台」(振り返れば新聞社卒業後6年になります)として企画展示に参加しました。

仙台メディアフェスティバルのために設定したテーマは「おひとりさまメディアが面白い」です。展示内容をPDF版にしました。お時間とご関心のある方はご覧ください。「おひとりさま」の言葉を見た人には「寂しそうだ」との印象を与えたかもしれませんが、現職時代を振り返れば、たとえメディア企業に身を置いていても結局は自分一人。組織集団を頼みにするばかりで、まともに課題解決さえできないのではどうしようもありません。

それに対して仙台メディアフェスティバルに参加した多様なメディアの人たちは、大きな既存メディアに比べれば、一人一人の感性や知識、実践力が問われる中で勝負しています。経済的にも恵まれているとは言えないのですが、その着想と、自分たちが設定した目標に向かって進むエネルギーは半端ではありません。

「おひとりさま」の表現はそうした若い世代にエールを送るつもりで考えたものです。もちろん、新聞とネットの双方に軸足を置きながら取材し、編集し、発信し、蓄積・再利用する、大きなプロセスに関して、その都度、自分の周りに起きた、技術、コンテンツ両面にわたる事柄も不十分ながら整理してあります。何よりも、個人的に重要だと思うのは「おひとりさま」で意識的に「メディア」にかかわることによって、仕事やメーンとなる役割以外に「自分軸」が複数できる点です。それらの軸の専門性を時間をかけて高めることによっていわゆる本業へと展開することもありえるし、年齢をいくら重ねても途絶えることのない自分軸に育っている可能性だってあるわけです。

現に仕事を持っているか、これから仕事に就く若い人におすすめなのは、「本来業務」が落ち着いたら、「おひとりさま」で関わるに足るテーマを探すことです。最低限、自分のブログを書き続け、個人メディアとして発信続けるのが望ましい。複数のテーマをキャッチし、時間をかけて育んでいくことで、自分をメディア化するセンスは磨かれます。少なくとも会社人間、組織人間として自らを消耗し尽くすなんてことはありえません。

もちろん、「本来事業」との関係で苦しいこともきっとあるはずなので、そんなときは無理はしない方がいい。どこまでも柔軟に自分本位に続けましょう。

インターネットの登場以来、情報を集め、編集し、蓄積・利活用するツールやシステムは面白いほどに変わってきました。自分にぴったりのツールはかならず見つかります。自分だけの情報環境を組み立てる力を持つことは、たとえばメディアの世界で仕事を見つけるときに有効だし、メディア以外の仕事に就くうえでの基礎的な体力として重要なのは言うまでもありません。

今回の展示では「ブログ」を重要なポイントとしてあげておきました。ブログという表現形式が登場して爆発的に利用される時間を経て、一時は「ブログ疲れ」という言葉さえ聞かれました。どんどん下火になるような雰囲気さえありました。

ところが、Facebookなどのソーシャルメディアが登場してからは、個人的に運営するブログが大きく変質しました。ソーシャルメディアの拡散力は、なるほど注目に値しますが、時間と手間をかけるほどに、そのコミュニティが「仲良しクラブ」的な雰囲気に変化していくことが珍しくありません。

そんなときに、長い時間をかけた自分のブログ環境が一つあれば、コミュニティに参加するにあたって、自分軸に支えられた奥行き、深みを演出する強力な仕掛けになります。ソーシャルメディア時代に意識して「おひとりさま」であろうとすると、人とのつながりはむしろ加速します。そんなに悪いものではないのです。

おひとりさまメディアが面白いPDF版

仙台メディフェス・ビオトープ論PDF版

 

ローカルメディアの鼓動が聞こえる/日本新聞博物館

横浜市にあるニュースパーク(日本新聞博物館)で、全国各地の「ローカルメディア」160点を集めた展示会「地域の編集」が行われています。地域に根差した新聞社の事業事例24社30例と組み合わせながら、多様化が進むメディア社会の風景を見せてくれます。新聞社員の研修を兼ねて、ニュースパークと地元「ローカルメディア」の取材を進めてはいかが?
ニュースパークが今回の企画のために収集し、取材した「ローカルメディア」はさまざまな地域特性やテーマに支えられています。これらの「ローカルメディア」を丹念に読んでみると、メディア社会のありようが単なるビジネスや「マネタイズ」だけで動いているわけではないことを実感できます。なぜか新聞は手を出さないけれども、分厚くて豊かな地域コンテンツがあることも分かるでしょう。
 デジタル化やインターネット、特にソーシャルメディアの普及が急速に進む中にあって進むべき方向性を見失っている新聞社が仮にあるなら、ニュースパークが収集した「ローカルメディア」の成り立ちや運営の実情に関心を持ち、許されるなら編集に参加してみることをおすすめします。その際、上から目線、先人・先輩面は禁止です。
運がよければ、「元祖ローカルメディア」(この企画を支えた編集者の言葉です)と一緒に歩いてくれる人たちの姿や手掛かりが見えてくるかもしれません。

災害と地域メディアの価値/NHKラジオ「ゴジだっちゃ」から

NHK仙台放送局のラジオ番組「ゴジだっちゃ」の9月30日(月)の放送を聴いていたら、台風15号の関連で、地域で活動するメディアの重要性を強調していました。ネットメディア「TOHOKU360」の安藤歩美編集長がゲストで番組に出演し、千葉の人たちはふだんから全国紙やキー局を通じてニュースを知ることに慣れていて、地元の新聞社や放送局の価値に気づいていない、という趣旨で発言していました。

安藤さんは千葉県出身。台風15号では実家に急遽、戻り、被災地を取材しました。その成果をTOHOKU360にも書いています。「ゴジだっちゃ」では毎週木曜日のパーソナリティを務めています。

台風15号上陸から一週間 千葉出身の記者が見た地元の今

その通りなんです。2011年3月11日の東日本大震災を地元メディアの関係者として経験した人ならだれもが感じていることだと思うのですが、東北の人たちは、自画自賛があまり得意でないせいか、自らそのことを強調するのに遠慮があるようです。デジタル化やインターネット社会への対応の点で、立ち遅れ、その原因を作ったベテランたち(自分もその中に入ります)が自信を失っているように見えるのは仕方がないとして、若い人たちまで、無力感を漂わせているように感じるのはとても残念です。

例えばわたしの場合、河北新報社のネット部門に携わっていました。40年もの間、新聞社の仕事に携わっていて、あんなに痛い目にあったことはありませんでした。同時に、非常時にチームで立ち向かうときの充実感や同僚たちの提案力、いざというときに心配してくれた遠く離れているメディア関係者たちからの声援やサポート等々・・。

特に自分の家族の暮らしが震災でダメージを受ける中、毎日、被災地に通い、泥だらけになって取材を続けた記者や編集の諸君、営業の多様な現場で踏ん張った若い人たちの頑張りは見事でした。

デジタル化なんていったって、克服する覚悟さえ本当に整えば、結局は東日本大震災のときに見せた頑張りを多様で分かりやすい事業メニューやプロジェクトとして具体化し、「夜郎自大」のフォームを1日も早く抜け出し、地域メディアだからこそ可能な振る舞いに徹底すればいいだけです。物事を決める権限さえ与えれば、若い人たちからは面白いアイデアがどんどんわくことでしょう。「ゴジだっちゃ」の盛り上がりを聴いて久しぶりにそのことを思い出したのでした。

【書評】「事業を創るとはどういうことか」「温度ある経済の環」を生み出すビジネスプロデューサーの仕事 /「模倣」は通用しない 地方新聞社のデジタル対応

「事業を創るとはどういうことか 『温度ある経済の環』を生み出すビジネスプロデューサーの仕事 」
著者 三木言葉 (CROSS Business Producers株式会社代表取締役)

英治出版

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三木言葉さんと初めてお会いしたのは、10年ほど前に参加した共同通信社での勉強会の席上でした。ヨーロッパのメディアについての報告で、事例調査の詳細なことに驚いたものです。当時はまだ地方新聞社のネット現場を担当していたので、機会を見つけては意見をうかがうようになり、現在に至っています。

地方新聞社に与えられた問題の複雑さ、深刻さに比べて、わが力量の覚束ない場面でも、三木さんはあきらめることなく、粘り強く、こちらの視野を広げる努力を続けてくれました。三木さんの立場からすると、売上の面でも、仕事のレベルとしても、まともな案件とは言えなかったはずですが、プロの仕事の奥行き、特に戦略的な発想をないがしろにしない姿勢から多くを学ばせていただきました。本書でもあらためて書いているように「温度ある経済の環」づくりをビジネスの理念に置くなど、ひとがプレイヤーとなる経済とでもいうべきニュアンスを感じさせます。

三木さんの「事業を創るとはどういうことか」は、40年にわたって、地方新聞社の現場、つまり新聞とインターネット&デジタルの領域を預かり、担当してきた立場からしても、極めて重要な指摘を多数含んでいます。

とりわけ地域に由来するメディアの戦略的なアプローチを考えるには、「第3章ビジネスを設計する」の「事業の基本となる骨組み」がとても重要です。以下、冒頭の部分を引用します。

 新規事業とは、誰かがすでに行っている事業の「模倣」ではなく、今の世の中にはないものを、経済活動として、一定の目的と計画の下に、さまざまな人とともに行うものです。

あまりにも基本的な指摘だと思われるかもしれません。「当たり前ではないか」と。しかし、デジタル社会の本質に半ば背を向け、従来型の発想と手法に逃げ込もうとするケースが目立ちます。本書が詳細に述べている、「事業を創」ろうとする場合の基本的な態度、原則、前提条件をしっかり認識し、「一定の目的と計画」を設定する以外に道はありません。

「模倣」では駄目なのです。本書中にもたびたび登場するように、専門的な知見に触れたときに、「それでいつ、どれだけ儲かるのか」と言わんばかりの態度をとる当事者たちがあまりにも多い。何のためらいもなく、そうした前提を置く人たちに、当事者として議論に参加する資格さえないといっていいでしょう

第1章「事業開発の全体像」と第2章「将来ビジョンを描く」に注目してほしい。「将来ビジョン」は、三木さんらCROSS Business Producersがグローバルなリサーチ活動の過程で開発した手法で、これまでは「未来ビジョン」と呼んでいた考え方です。問題を解決するには、自らの過去・現在・未来について、自ら考え、試行錯誤する以外にありません。

もちろん、実際には多くの才能や知見、人々とのネットワークを生かす以外に道はないのですが、そのことが、他者への安易な依存、前例踏襲的な「模倣」に終わる危険性をはらんでいます。インターネット&デジタル社会20年に乗り遅れてきた地方新聞社を取り巻く状況は極めて厳しい。本書が強調する「新規事業の実践」を軸に、何かの「模倣」ではない、まったく新しい地域メディアとして支持される空間を自ら勝ち取る以外にありません。

従来から存在するメディア批判に対しても、いわゆる全国的な広がりを有するメディアとは異なる立場で一つひとつ解決しつつ、何よりも自らの問題として、自らアプローチする過程が重要です。業界横並び的な「物まね」はもはや通用しません。本書が提示する「将来ビジョン」を自分の問題としてしっかり受け止めることが出発点となるでしょう。

「れいわ新選組」が意味するもの/感度ゼロだった既存メディア

参院選が終わりました。いろいろな観点で語られるべき問題ですが、既存のジャーナリズムにとって、ネット世界で進行しつつある事実を伝えることひとつとっても容易ではないことをあらためて印象付けました。あからさまな悪意に基づくものでない限り、それは文字通りジャーナリズム側の怠慢によるものだけに深刻です。

と書いても、既存の新聞社やテレビ局で働く人たちがどれほど実感できているかは怪しい。山本太郎さんが立ち上げた「れいわ新選組」のことです。既存の報道側が自ら設定したルール(実はその気になれば変えられる)によると、「新選組」は政党ではないので事実上泡沫候補扱い。選挙運動が始まってもほとんど報道されませんでした。党首座談会にも呼ばれない「新選組」が比例で2議席、政党要件まで獲得してしまったのです。その重みを日本の政治状況との関連で受け止められない人は、報道メディア、ジャーナリズムを担う資格はありません。

個人的に関心があって、インターネットでずっとフォローしてきました。山本さんの国会での活動をあらためてチェックし、「新選組」に参加した立候補者について調べました。主にYouTubeで公開された映像を毎晩チェックするだけの単純な作業でした。何しろ新聞を見ても、テレビを見ても、泡沫扱いされているので知る術がありません。

既存のメディアにとって致命的なまでに重要なのは、新聞やテレビが報じなくとも、ネットにはありとあらゆる情報が転がっていたことです。山本さんとともに立ち上がった候補者9人がどんな人であるかも詳細に理解できました。新聞の候補者紹介のような紋切り型で深みに欠けるテキストとは異なり、「当事者こそが最も優れた専門家」であるという山本さんの言葉の意味がよく伝わってきます。参院選の結果にかかわらず、国会内外での市民運動的な展開まで想像できました。このような動きを全く報道しないでいいのだろうか。たまりかねて、Facebookに「自殺行為」と書き込んだのは7月16日のことでした。

候補者一人ひとりの街頭演説もほとんどすべてをフォローできました。言葉の持つ力を毎夜感じるのに翌日の新聞、テレビでは一切紹介されませんでした。既存のメディアの「助け」なしに政党要件まで獲得し、次の衆院選をにらむ「新選組」。

既存のメディアは自己都合や手順にこだわり、事実を伝えるという報道機関の役割さえ果たしてこなかったことを一度は総括すべきでしょう。

2議席当確が出た時間帯、都内で開かれた会見では、大手新聞社の記者から「(今回の参院選報道を踏まえて)メディアに伝えたいメッセージは何か」という質問が出ました。

「新選組」候補者の一人が「僕たちはインターネットだけでここまでたどり着いた。それは、あなたがた既存のメディアのやり方そのものが意味をなさなくなっていることを示す」と答えました。興味があったらネットを検索してください。

写真はJR仙台駅での街頭演説。立憲民主党の石垣のりこさんと同流した(2019年7月17日)

多様な自社制作軸に地域と歩む/コミュニティ放送局「エフエムたいはく」の場合(上)

【写真】百万都市仙台の副都心。長町地区に拠点を置くエフエムたいはく。大小2つのスタジオから番組を配信する。生番組はここからほど近い場所にあるサテライトを使っている。

地域密着と市民参加を掲げているコミュニティ放送局(FMラジオ)を聴いたことはありますか?大手のラジオ放送に比べて電波が届く範囲は狭いのですが、インターネットを利用できれば世界中どこでも聴けるようになっています。最大の特色はいわゆる自社制作番組です。地元の人々が進行役(パーソナリティ)を努めるせいか、親しみやすさに満ちた空気感が伝わってきます。百万都市仙台の副都心といわれる長町地区にスタジオを持つ「エフエムたいはく」を訪問しました。

仙台市太白区の人口は22万6千人。仙台市の総人口のほぼ5分の1を占めています。エフエムたいはくは長町3丁目、国道4号沿いにありました。近くにはJRや仙台市地下鉄、市バスの駅があります。長町駅に直結する再開発ビル「たいはっくる」には、地域文化の中心となる多目的ホール「楽楽楽(ららら)ホール」があります。仙台市立病院のほか、建設中の高層マンションや大型商業施設もあり、江戸時代からのまち並みを残すユニークな副都心として急成長している地域です。

 

【写真】自社制作の番組が多いため一面緑色のタイムテーブル

エフエムたいはくは2007年9月29日に開局しました。「エフエムたいはくの1週間の番組を制作形態ごとに色別に並べた「タイムテーブル」は、自社制作であることを示す緑色一色に見えます。他の放送局と比較する目安はないのですが、エフエムたいはくの自社制作率が高いのはひと目で分かります。

 

エフエムたいはく開局直後は、出演者に決まった謝礼を支払うケースもありましたが、コミュニティ放送に共通する財政状況の厳しさを踏まえて、今では、昼の時間帯の生番組でも、謝礼はなし、交通費のみ支払う原則が出来上がっています。

番組ごとに決まったパーソナリティが活躍しています。エフエムたいはくのスタッフがパーソナリティと話し合いながら編集作業を担当し、番組に仕上げますが、パーソナリティのなかには、収録から編集まで一切を自分で行う人もいます。自社制作が多い点も含め、コミュニティ放送の特徴である地域密着と市民参加を具体化しつつあるメディア現場といえるでしょう。

コミュニティ放送局を支える資金源としては、年末年始の祝賀広告など、工夫を凝らして取り入れている企業とのタイアップによる広告収入が全体の7割程度を占めていますが、パーソナリティの中には、さまざまな形で一定額を自分で負担し、コミュニティ放送の財政を支えるケースもあります。欧米に伝統的な無償のボランティアの形を一歩進め、新しい形の市民参加を模索しているようにも見えます。

次回に続く)

「市民が主役」を合言葉に/コミュニティ放送局「エフエムたいはく」の場合(中)

【写真】インタビューにこたえるエフエムたいはくの野田紀子代表

エフムたいはくの運営会社、エフエムたいはく株式会社の代表取締役野田紀子さん(70)に話を聞きました。

野田さんは2008年6月に2代目の代表に就任しました。2007年9月の開局から1年も立っていないタイミングでの代表交代でした。以来、まだ十分でなかった資金調達や番組編成など、運営全般に責任を負ってきました。当然のことながら代表としての責任は重いものがあります。

「コミュニティ放送への融資環境がまだ十分でなかったころ、金融機関に融資をすべて断られました。何度も足を運びましたが、金融機関に直接頼んでも難しかったので、コミュニティ放送という事業への信用を関係機関から取り付けるのに必死になりました。4回目ぐらいの訪問で担当者が前向きになってくれたのを感じました」

代表就任と同時に、自ら地域に出掛けて多くの人たちにインタビューし、番組を作ってきた「現場の人」でもあります。

「これまでインタビューした人は千人には届かないけれど数百人にはなるはずです。コミュニティ放送は地域のために存在します。あくまで市民が主役。営利をどこまでも追求する、普通の会社とは異なります」

もともとは夫と二人で長町地区で電気工事業を起業した人。ラジオや放送メディアの分野で特に経験があったわけではありませんが、地域の電気屋として重ねてきた苦労が役に立つかもしれないと考えたそうです。

「一番最初にマイクと録音機を持って出かけたのは長町小学校で開かれた夏祭りでした。取材の経験がなかったので、何をどうすればいいか分かりませんでした。最初に言うべき言葉を何度も繰り返しながら夏祭りの会場に向かいました。不思議なもので、思い切ってマイクを向けると、初めは驚いても、次の瞬間にはマイクに向かってしっかり話してくれます。その立場になれば人は変われる。地域の人々が主役になるというのはこのことだと感じました」

コミュニティ放送特有の問題や課題と向き合いながら、地域との人的なネットワークをほとんど唯一の武器に一つ一つ問題を解決してきました。

「何事も時間が必要です。一気にうまくいくことはありません。でも、大きな放送局では、住民の誰かが自分の番組を持ちたいと思っても、そう簡単にはいきませんよね。コミュニティ放送の場合、多くの人たちにいろいろな番組を持ってもらえます」

エフエムたいはくが自主制作をここまで進めることができたのは、パーソナリティとして参加する「主役」たちの事情や気持ちを最大限にくんできたためでしょう。

「自分の会社が自分の番組のスポンサーになる形をとっている人もいます。一方で、個人の資格で番組を提供しているケースもあります。今、パーソナリティを努めている人たちの事情や経緯は一人ひとり異なります。さまざまに工夫し続けてくれているパーソナリティの交流会をことし初めて実施します」

次回に続く

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「誰かのために何かをする人」をゲストに/コミュニティ放送局「エフエムたいはく」の場合(下)

【写真】ゲストを招いての収録に臨む鈴木はるみさん。この日は世界進出を目指して京都府から宮城県丸森町に移住し、オリジナルの赤いパンツを製作販売している20代の起業家がゲストでした。

鈴木はるみさん(56)がパーソナリティをつとめる番組は「鈴木はるみのソーシャルで行こう!」です。毎週火曜の午後8時から放送されます。誘われてパーソナリティになって以来、今年で9年目に入りました。毎回、ゲストを招いてそのときどきの話題に切り込みます。毎週休まずに番組を提供し、8年間に招いたゲストはのべ400人を超えます。

「『ソーシャル』という名称は、当時、ビジネスで社会課題を解決する『ソーシャルビジネス』が脚光を浴び、一方でSNS『ソーシャルネットワーク』が社会に急速に広がり始めた、という2つの事象が同時に起こった時期だったことから、『ソーシャル』というキーワードに強く惹かれて番組名に取り入れました」

鈴木さんがパーソナリティとして取り上げる社会問題は実に多彩です。「普段は、企業経営者、NPO代表、学校の先生、映画監督、スポーツ選手、アーティスト、警察、消防、学生などなど、ジャンルを問わず様々な方をゲストに招いています。職種は様々ですが、共通するポイントは、『ソーシャルな活動をする人』=『社会で、誰かのために、という思いで何かをする人』ということです」

「オリジナルの特集企画もあります。例えば、マスメデイアに登場することの少ない地方議員にスポットをあてた市議会議員特集。それをきっかけに市議会の傍聴も始めるなど、ラジオを通した出会いによって、自分の世界が広がることも感じています。今後は、町の活性化に取り組む商店会の特集を企画中です」

鈴木さんは、自分の番組を毎週1回、収録・編集、放送するだけでなく、インターネット、特にフェイスブックなどのソーシャルメディアを活用して発信しています。「アナウンサーでもラジオ局の社員でもない、アマチュアのパーソナリティーが自分の感性で自主制作しています」というのがネット上の自己紹介です。

コミュニティ放送は「コミュニティ」の名称が示すように受信可能な範囲が限られていますが、インターネットを組み合わせることで、影響範囲が飛躍的に変わる可能性があります。

鈴木さんのフェイスブックもコミュニティ放送の可能性を模索する意味合いが大きいといえます。「ラジオは放送が終われば消えてしまいます。コミュニティ放送の場合、大手のラジオ放送に比べて可聴範囲が狭いので、自分の番組を誰が聴いてくれているんだろう。どれぐらいの人に放送が届いているんだろうと思うことがときどきあります。ネットをうまく使って、一人でも多くの人たちに自分が企画・演出した番組の情報が届けばうれしい」

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