米国でメディアの勉強をするんだそうですね。

単なる偶然なんだろうと思いますが、新聞や放送の今後について「米国で勉強する機会をもらった」という話が立て続けに飛び込んできました。聞けば、既存のメディアとして先行きを見通すことが難しいので、米国のICT事情をしっかり学び、自分がかかわるメディアの将来ビジョンを考えたいとのことです。

メディアビジネスの新しいモデルをどう作ればいいのかを、どこで考えるかは問題ではありません。というか、自分の守備範囲とあまりかけ離れたところで意識を広げても、あまりいい結果にはつながりません。欧米のモデルが自分の守備範囲においてもそのまま有効ならこれほど楽なことはありませんが、現実にはなかなかそうはいかないものです。

それでも、日常の仕事の現場をいったん離れて、頭を冷やし、新しい出会いの中で刺激を受けたり与えたりするのは、面白いし、非常に有効です。頑張ってほしいものです。

米国行きについてあれこれ聞きながらメモをまとめました。おひとりには参考までにお渡ししました。自分の備忘録にする意味も含めて、差しさわりのない範囲で書いておきます。(長文です。ご注意ください)

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「メディアと地域」

佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)

メディア社会の現状については既にさまざま論点があるが、大状況として最も深刻なのは、信頼するに足る情報にたどり着くことが、どんどん難しくなっている点だ。ためらいもなく理由なき誹謗中傷を繰り返す事例がはびこり、「フェイクニュース」はビジネスモデルの顔をして登場することさえある。「フェイクニュース」の実態は非常に深刻なのに、問題を一種の流行現象のようにとらえ、軽視する気分さえ強まっている。

もともと真実を伝える作業は困難な道である。ブログやソーシャルメディアを利用した情報発信が容易にでき、誰もが発信者になれ、膨大な量の情報が流通する社会において、自分に必要な、本当に信頼できる情報を選択するのは難しい。

インターネットが登場してほぼ20年、とりわけソーシャルメディアがもたらしている価値の細分化や分断に注目し、的確に対応する必要がある。特にオンラインで好きな者同士が集うコミュニティ志向の広がりと、その対極にある、嫌いな者同士の相互不信・憎悪の同時進行は、今や現代社会の病巣といっていいかもしれない。

インターネットがもたらしつつある諸問題については、メディアの現場の担い手たちがどう乗り越えるか、その覚悟と具体的な方法論が問われている。この種の諸問題は、ネットが登場した直後から意識されてはいた。「メディアリテラシー」と、それをめぐるさまざまな議論が起きたが、主にネットを使う側のトレーニングの問題、教養のレベルとして位置づけられてきたきらいがある。ネット事業に取り組む企業や人々にとってのテーマと言われることもあったが、その取り組みはデジタル革命の足の速さにまるで追い付いていない。

同時に、いわゆる民主主義的な判断や選択が支配的な社会に住むと、われわれ自身思っていたのに実はそうではなかった。われわれの民主主義は、いとも簡単にポピュリズムの悪弊に飲み込まれがちで、未熟なものであったことが、明らかになってしまった。

こうした問題を多様な局面で乗り越えるには、たとえばメディアがよって立つ歴史や背景を超えて、取り組む必要がある。公的な側面を持ったメディアも、純然たる民間メディアも、例外なく目指すべきゴールは、信頼できる価値観と情報の所在が容易に見通せる社会だ。

新聞社や放送局のような「古いメディア」には「マスゴミ」のような罵倒もついて回る。マスメディア業界が長い間、放置し続けてきた問題も多数残っているが、一方で、長い時間をかけて鍛えられてきた経験や実績がある。その大部分は、古い倉庫に眠っている状況ではあるが、それらを掘り出し、適宜生かしていく以外に、有効な手はない。

その一方で、ネットメディアのような新興のメディアは、伝統的なメディアとは異なる立ち位置と風景が広がっていること、技術やコンテンツ編集の手順等において、新しいニーズのこたえ、ニーズを生み出す力もある。

メディアが信頼を取り戻すためには、ビジネス至上主義的な価値観だけにとらわれているわけにはいかない。ネット社会に生き残るメディアとしての外観・内実を一日も早く身に着ける以外に道はない。時間はあまり残されていない。

以上のような認識のもと、「仙台発ローカルメディア最前線」は発想された。既存メディアが今後、たどるべき方向について具体的に提案することはあえて避けているが、多様なメディアの現場の担い手として、問題に向き合っている人たちには気付いてもらえるように編集してある。

●主なポイント
①NHKの宮城ローカルラジオの取り組み「ゴジだっちゃ」に注目している。特に「だっちゃ通信員」を軸とする『地域密着イズム』。

②NHKのネット活用は飛びぬけている。地域展開も、午後11時過ぎのニュース番組で、目玉の一つとして使えるぐらいのレベルにある。

③そうした前提で、あえてポイントを上げるとしたら、まずNHKが地域との関係で何を目指しているのか、よく分からない。目標は?ゴールは?地域ニュースを万遍なく伝えるだけでは、ほとんど何も考えていない、地方新聞社のウェブサイトとなんら変わらない。

④たとえば、放送の世界について、個人的な関心を一つだけあげると、時間順に配列編成したコンテンツサービスを必要としない人たち、今後、どのようなコンテンツサービスをどう準備していくのか?

⑤地域に由来する新聞社は今後、30年ぐらいの間にどんなステップを想定すればいいか?地域との関係をどうイメージするか?

⑥新聞に代わりうるメディアビジネスをどう構築するか?
⑦「未来ビジョン」(「仙台発ローカルメディア最前線」参照)の策定を自らの意思で、自らの手足を使って行う。
⇒どんな未来を引き寄せたいのか。当事者としての意思がまず大事。

⑧安心して利用できるメディアであること。報道、情報・・。

⑨地域とメディアの関係を考えるうえで、今、一番、重視しているのは参加性。視聴者、読者・購読者が閲覧・参照するだけではなく、参加可能なシーンを無数に開発する。

⑩地域メディアとして、今、保有するリソースの再点検。地域のアクティビストとの連携。特にメディアが蓄積し、保有する情報・コンテンツは社会全体のものとの視点に欠けている。メディアが蓄積し、保有している情報・コンテンツは、メディアにとっては重要な資産でもあるが、資産であると同時に、社会的な有効活用する論理とセンス、事業モデルの開発が重要だ。

⑪重要かつ見逃されることが多いポイントの一つが地域の多様性。地域固有の背景や特徴をしっかり浮き彫りにしながら戦略を立てる必要がある。同時にそのことは、「中央」で考える以上にややこしくて複雑。何か一つモデルを作って、一気呵成に市場を支配するような場面は想定できない。仙台と札幌、神戸、広島は異なる。類似点を無理やり探して効率的な手法を考える発想-横並び物まね-はもはや通用しない。ネットの世界では「きょうのチャンピオンは、明日の敗者」である。うまくいったと思うとすぐに陳腐化する点も日常の風景だ。ネット特有の環境を嘆くのではなく、そうした厳しい条件を、普通のこととして受け入れ、絶えず再生・循環できるような仕事環境・基盤を開発する必要がある。多様な地域社会を背景にしているからこそ可能。

特に安易な「でわ(出羽)の守」的アプローチはことごとく失敗に終わる。地域に詳しい人たちが地域固有の事情を活用し、世界とつながりつつ企てる必要がある。本当の意味での地域間競争をいかに充実させることができるかにすべてはかかっている。

⑫「未来ビジョン」自体、メディアと地域のプレイヤーとのコラボを通じて策定されるべきだが、一つだけポイントを上げるとすれば、メディアの照準は、地域社会が抱える複雑な社会問題の解決に合わせる必要がある。

⑬東日本大震災クラスの大災害にどう対応すればいいのか。7年前の教訓は生かされているか?

⑭仙台圏におけるアクティビティをフォロー中。
TOHOKU360、NPO法人メディアージ、佐藤正実さん(3.11オモイデ・アーカイブ主宰

⑮取材者であると同時に当事者であろうとするアプローチをあえて採用している。

「聞き孔」から人生を知る/朗読ユニット「100グラード」の渋谷亜也さん公演 仙台

2014年に活動を始めたリーディングユニット「100グラード(ハングラ)」(渋谷亜也GM)の第4回公演「忘」が2018年2月3日、仙台市青葉区一番町のカフェ「キジトラ」で開かれました。伝えたい内容を持ち、自分ならではのスタイルで聴衆(市民)の前に立つ人自身がメディアにほかならないという理由で「100グラード」の活動に注目してきました。以下、その感想をまとめたメモです。文章を推敲することの意味など、未消化なポイントは今後の宿題です。

「リーディング」の厳密な定義は難しいのですが、ここでは「朗読」あるいは「朗読劇」と言い換えます。「100グラード」のリーディングは一人ないしは二人で朗読するスタイルです。基本的に音響は使わず、渋谷さんらが観客の前に立ち、台本を朗読しますが、楽器の演奏者と共演した例もあります。

今回は渋谷さん一人による公演でした。「たねいもisロック」「ひつじさんのおうち」は渋谷さん自身が書いた文章です。「ぜつぼうの濁点」は絵本「ぜつぼうの濁点」(文・原田宗典、絵・柚木沙弥郎)から。ニュースサイトTOHOKU360に渋谷さん本人が通信員として書いた記事を朗読する「ニュースリーディング」も、新しい分野として注目されます。

朗読は「非日常と日常の間に、ふわふわした感じをゆったりと楽し」(渋谷さん)む世界です。朗読者の言葉に耳を傾けながら、話の流れを楽しみ、言葉の抑揚や響きに身をまかせます。一つの言葉にうっかり気を奪われると、前後の関係が分からなくなります。最初からやり直してもらうことは当然無理ですが、それもまたよし、でしょうか。

映画評でも知られる小説家、辻邦生さんが「私の映画手帖」(1988年)の中で、映画について「覗き孔(あな)から人生のスペクタクルを見」ると言っています。辻さんの言葉を勝手に拡大借用すると、「リーディング」は「覗き孔」ならぬ「聞き孔」を通して人生のスペクタクルを味わう機会-と考えればいいのかもしれません。

「だっちゃ通信員」日ごろの関係づくりが大事/NHKラジオの杉尾アナをゲストに第1回LOCAL MEDIA HUB

 地域メディアについての実践のハブ(中心)を目指す「LOCAL MEDIA HUB(ローカル・メディア・ハブ)」の取り組みが2018年1月25日、仙台市若林区新寺2丁目の「TOHOKU MEDIA BASE」で始まりました。

第1回目のゲストはNHK仙台放送局放送部アナウンサーの杉尾宗紀さん。杉尾さんは平日午後5時からNHKラジオ第1で放送される人気番組「ゴジだっちゃ!」のパーソナリティを務めています。「だっちゃ」は断定や同意を意味する仙台地方の方言。鳥取や新潟などでも使われるそうです。「ゴジだっちゃ!」は「宮城100%井戸端ラジオ」を合言葉に、宮城県内40人の「だっちゃ通信員」のネットワークを生かしています。ソーシャルメディアが普及するに伴い。地域との距離を近づけ、関心のある人々の参加を促すメディアづくりが注目されていますが、実際に取り組んでみると、課題や悩みも多いもの。「だっちゃ通信員」ならではの秘訣や思いをお聞きしました。

1995年の阪神淡路大震災もアナウンサーとして経験している杉尾さんは、東日本大震災の際、「視聴者に伝えるべき情報が思うように確保できなかった」ことに、いまだに複雑な思いを抱いているようです。東日本大震災直後、道路や通信手段が壊滅的な状況に陥り、ガソリンも不足したため、取材チームが被災地に向かうことさえ困難でした。「だっちゃ通信員」の仕組みは、多くのメディアが経験した東日本大震災の教訓を踏まえ、地域からの情報発信に熱心な人たちとのネットワークを日ごろから作っておくために考え出されました。

「スマートフォンやソーシャルメディアを使いこなす市民とのネットワークを作れなければ、老舗のメディアといえども生き残れない」

「そのためには日ごろから関係を築き、いざというときに身の回りの出来事について情報を発信してもらえるようにしたい」

「LOCAL MEDIA HUB」は、動画を活用したさまざまなメディア事業に取り組むNPO法人メディアージの主催。ニュースサイト「TOHOKU360」を運営する合同会社イーストタイムズが共催しています。杉尾さんのようなローカルメディアの現場で活動する人々をゲストに迎えて、不定期で開かれます。

仙台勢が登壇します/第15回市民メディア全国交流集会(湘南ひらつかメディフェス)

市民メディアに関心のある人たちが年に1回、一堂に会する「市民メディア全国交流集会(湘南ひらつかメディフェス)」が15回目のことし(2017年)は12月9、10 の両日、神奈川県平塚市の平塚市美術館などを会場に開かれます。

http://www.scn-net.ne.jp/~medifes2017/

今回は2日目の10日午後2時50分からの分科会「仙台・東北からのメディア表現・発信」に参加します。メディフェスには古巣の新聞社時代に3回参加しました。時には「オールドメディア」とも呼ばれる地方新聞社での仕事を相対化するのに大いに役立ちました。自分が属しているメディアの世界は百年以上の歴史があって、ずいぶんと大層な仕掛けだと思っているかもしれないが、メディア世界の立ち位置は無限に近いほどのものがあるのだし、これからどう変わるか分からんよ。と、まあ、そんな感じを抱かせてくれる場となったのを思い出します。

今回はフリーになってから一人で運営している「メディアプロジェクト仙台」の関係者(?)として参加します。東北発のオンラインメディア「TOHOKU360」を設立した合同会社「イーストタイムズ(THE EAST TIMES)」と、多様なメディアアクティビティを仕掛けているNPO法人「メディアージ」のみなさんと一緒に登壇します。

もちろん主役は「360」と「メディアージ」の若きプレイヤーたちです。彼らにとって参考になる事例は世界中にありますが、何か一つ定まった教科書があるわけではありません。自らの感性を頼りに手探りするプロセスは始まったばかり。突っ込みどころも多数あるはずですが、メディフェスに参加するみなさんとのコミュニケーションを通じて、地域メディアの魅力や可能性を感じられれば幸いです。進行はメディフェスの呼びかけ人でもある関本英太郎さんです。お時間のある方はぜひおいでください。

なお、拙著「仙台発ローカルメディア最前線」に目を通してから参加してもらえると理解が速いはずです。アマゾンから紙の本でも電子書籍でもお求めになれます。PRになって申し訳ありません。

 【写真】11月11日に仙台で開かれた「せんだいメディアフェスティバル」の風景。この1年の間に起きた出来事を出し合い、仙台・宮城・東北に住んでいるからこそ分かる流行語(言葉)ランキングを作った。

 

地域に由来するメディアの優位性/武蔵大学松本恭幸ゼミのみなさんからの質問(12)-(17・完)

【質問(12)】地域ごとに異なる特徴をもち、それが上手くインターネットやデジタル化していくことにより何か新しくできることとして考えられる事があれば教えて頂きたいです。

【答え】ネット社会を特徴づけるキーワードがいくつもあります。たとえば現時点で言えば「ソーシャルメディア」「なりすまし」「フェイクニュース」などでしょうか。それらを自らのメディア戦略に自分らしくしっかり取り入れることです。

同時に考えなければならないのは、従来からのマスメディア批判、ジャーナリズム批判に対する回答提案を可能な範囲で一気に行うことです。

自分自身を振り返っても、インターネットが登場して以来、新しい技術やサービスに追いつくことだけを考えてきました。自分の立ち位置が何かと比べて遅れているかもしれないと、自ら規定する発想にとらわれすぎました。ネット社会では、既存のメディア批判、たとえば新聞ジャーナリズムに対する従来からの批判の論点がより深く、圧倒的な広がりを持ってしまいました。

既存のメディアに携わる人たちは、ネット社会がもたらした変化の意味をしっかりとらえ、一つひとつの批判にこたえていく責任があります。地域に由来するメディアであればこそ可能な回答提案がきっとあるはずです。技術的にできないことはありません。その気になりさえすれば、漠然と考えていた地域社会が「創造と発想とチャレンジ」の世界に様変わりすることでしょう。

【質問(13)】地方紙は今の段階でどれほどデジタル化、インターネットの導入を進めてきたかを伺わせてください。できれば、時系列順で伺いたいです。インターネットが日本で使われるようになってから20年が経過し、どのようなきっかけがあってインターネットを導入しなければならないと考えに至り、導入していく過程でどのようなことがあったかを含めて伺わせてください。

【答え】地方紙のありように結びつけて、あらためて考える作業が必要です。今後の課題と受け止めさせてください。ネット草創期の出来事として個人的にまず思い浮かぶのは以下の3点です。

● インターネット以前にパソコン通信が盛り上がった。

●米国でインターネットが注目されていると日本のメディアが報じた。このころはテレビでたまに映る大リーグの中継でグラウンドフェンスなどに「http://www.aaa.com」の表示を見つけては「ああ、あれがインターネットか」と感心したものだった。

●日本新聞協会の案内で日本の新聞関係者が米国の新聞社等を視察をした。地方紙はこの時点でネットについての業務指示が出始めた。

【質問(14)】地方紙の立場から考えることのできる地域の課題について教えてください。また、それに対する解決を与えるきっかけを地方紙はできるのかといった点も伺わせてください。

【答え】

(略)

【質問(15)】今後、地域にメディアが上手く活用されていくうえで、必要になってくることがあれば教えて頂きたいです。

【答え】専門的なトレーニングを受けた人たちだけではなく、ごく普通に暮らしている人たちもメディアに参加できる環境をつくることを考えるべきです。マスメディアからソーシャルメディアまで、多様に重層的に存在するネットワーク社会を地域のために開発する必要があります。

市民参加のメディアの世界は歴史もあり、さまざまなコンセプト、スタイルが既に存在します。世界中の市民メディア事例が可視化され、地域に根差したメディアおこし、メディア開発をサポートする環境ができればいい。拙著「仙台発ローカルメディア最前線」で紹介した事例には、そうした方向を模索するうえで重要と思われるヒントや手掛かりが多数潜んでいます。

【質問(16)】地域社会で今後新たに生まれてきそうな地域メディアがあれば教えていただきたいです。また、今注目している地域メディアに関する動きというものも伺いたいです。

【答え】どんなメディアがありうるかは、人々の思いや実践のパワーと密接に関係するのでひと口で説明するのは難しいのですが、デジタルやネット系の技術開発、人工知能の発達まで、長いレンジで考えれば、地域メディアの可能性やそれがもたらす楽しさは計り知れません。たとえばスマホアプリの技術が既に到達している水準は、かつてのパソコン通信時代から見ると、ほとんど夢の世界であり、奇跡に近いものです。こうした技術要素に「地域」「ローカル」を掛け算し、「20年後」「30年後」をさらに掛けたときの地方新聞社のビジョンを、新聞社の現場を支える人たち自らが生み出さないかぎり、道は開けません。

【質問(17・完)】地方紙の未来について伺いたいです。今後、インターネットの活用の仕方やデジタル化が大きな課題の一つになっていることだと思います。もし、それが達成されなかったときに地方紙はどうなってしまっているのか。また、上手く活用できた先にある地方紙、地域社会がどのようなものになるかをお聞きしたいです。

【答え】ネットやデジタル化に地方紙が対応できない場合を想定するのは、新聞出身としてはなかなか厳しいものがあります。それについての答えは、学生のみなさん、学生予備軍の若い皆さんの心の中にあります。みなさんはどんなメディア社会を望みますか?

新聞社OBとしては、たとえ高価でも、どうしても必要なものとして一部一部、買ってもらえればうれしいと思います。新聞パッケージとしての姿にあくまでこだわる高級消費の世界はあるかもしれませんが、現在の新聞社の経営が直線的に(あるいは曲線的に)そこにたどり着くことはないでしょう。ビジネスモデルとしては、その前に新聞発行を停止する判断が下るはずです。

今、地方新聞社の現場に携わる人たちのことを考えれば、地方新聞社が新聞を何とか発行し続け、デジタル市場にも対応できる形が最も穏便なわけです。しかし、本当に新聞は高いお金を払っても、消費者が欲しいと思うメディアになりえるでしょうか。その場合、新聞がなくなることで果たして誰が不幸になるのかというポイントもあります。いわゆる新聞批判、ジャーナリズム批判に耳を傾けながら、その厳しい山を乗り越えることができるかどうかが問われます。

地域に由来する新聞社はただちに新聞に代わるメディア事業の開発に向かって進まなければなりません。その道は容易ではないはずですが、新聞というパッケージ自体が有する蓄積にさまざま変数をかける楽しみがあります。地域に由来すること自体が、実は大きな可能性、優位性となる点も忘れてはいけないと思います。

ネット社会と一言で言っても、20年前と同じではありません。技術の進歩が目まぐるしいことは同じですが、ネット社会に対する消費者の態度-メディアの運営に携わる人々も含めて-も異なります。いますぐに試行錯誤を始め、多くのプレイヤーたちとネットワークを組みながら解決策を探る以外にありません。新聞社特有の、自らはちょっと高みにいる姿勢だけはまず改める必要があるでしょう。

 武蔵大学の松本恭幸ゼミのみなさんとのやりとりは以上です。お付き合いいただきありがとうございました。

地方新聞社の可能性は自らを開く過程にあり/武蔵大学松本恭幸ゼミのみなさんからの質問(9)-(11)

【質問(9)】地方紙が地域メディアとしての役割を今以上に有効にするために考えられる課題、そしてこれからの展望を教えてください。

【答え】地方紙が今後、どうすべきかについて答えの半分は既に出ていますが、その答えを有効な形で組み合わせるには、地方紙がよって立つ地域の特性、人々の表情、文化や歴史、産業・経済、政治も含めて、より具体的に参照する必要があります。同じ「地方紙」「地方新聞社」と言っても、すべて事情は異なります。1社1社について具体的にひざ詰めで論じる中から方向性が見えるはずです。

地方新聞社にかかわる人たちの中で、自分たちに固有の環境について意識しない人はいないと思いますが、インターネットが登場して以来、外国の事例や、いわゆる全国紙など先進的といわれる事例を追いかけようとする傾向があまりにも強すぎました。新しい技術や価値観が支配的になっているとはいえ、変わらなければならないのは地方新聞社そのものです。自らを取り巻く環境も含めた全体がそのまま大きなチャンスになることにまず気付く必要があります。

先進事例を常に気にし、追いかけるだけの態度からは、他社との条件の違いをネガティブにとらえる空気しか生まれません。その結果、泣き言を言ったり、あきらめてしまったりの悪循環に陥り、せっかく与えられている地域との関係性や、そこで暮らす人々とのコラボレーションの機会をみすみす失ってしまいがちです。

【質問(10)】地方紙がこれまでに築いてきた功績であったり、その地域に住む住民にどのような影響を与えてきたか。それが、インターネットを活用してくることによってどんな良い状況を生み、どんなリスクを生むことになるのかを伺わせてください。

【答え】現状の地方紙の最大の問題は、長い時間をかけて培ってきた「功績」や「影響」を紙(新聞)の世界に閉じ込めようとしている点です。なぜ、インターネットの活用というシナリオ、テーブルに、それらを乗せようとしないのか。

この場合、たとえば新聞記事と同じものをネットに再掲したり横流ししたりすることを意味しているわけではありません。ネットにはネットの、デジタルにはデジタルの流儀があるので、新聞がそのままで「大したものだ」「価値がある」と自画自賛的に考え、ネットの流儀を軽視するとしたら完全な間違いです。そんな態度では、その程度でもビジネスのネタにしたいネット企業に安価に買いたたかれるだけです。

さらに深刻で重要なのは、新聞社のコンテンツを求める消費者の好みやシチュエーションが常に変わることに気付いていない点です。「ネットは儲からない」と勘違いをして、デジタル戦線を縮小しにかかっているような新聞界のリーダーの責任が大きいのはこの点にあります。

ささやかながら貴重なネット経験・デジタル経験を積み上げ、消費者のニーズにこたえるだけの能力をもった社員がこの10年の努力で少しは育ったはずなのに、貴重な芽吹きを残らず切り取ってしまうような暴挙が見られるのは極めて残念です。今の地方紙にネット社会の消費者のニーズについて考慮し、ハンドリングできる人材がどれだけ育っているかを、もっと気にした方がいいでしょう。

【質問(11)】地方紙がまずやるべきメディア環境の整備やデジタル化は、どの分野で導入されるべきかを伺わせてください。例えば、それは地域紙の過去の記事をアーカイブして、データ化し、誰でも閲覧可能な体制を作るべきなのかといったように、過去の記事などをうまく活用していく方法、または、現在起きていることをインターネットに記事投稿をする分野で先に導入をしていくべきなのか。そこの部分の考えをお聞きしたいです。

【答え】この質問は、新聞社でも、比較的まじめにものを考えている人からよく聞かれます。しかし、この点でも、地方新聞社を取り巻く環境や経営の意識、社員の力量、地域社会におけるメディアとしての振る舞い方などを総合して考えなければなりません。

新聞社の事情によって採用すべき手法はいくらでもありますが、何度も申し上げている通り、世界観がどのようなものなのか、何を目標にしたいと思っているのかによって、道は異なります。

フリーになってからの取材に基づいて一般論として言えば、地方新聞社の可能性は、自らを社会に向かって開いていく過程で見えてくるはずです。その過程で見えてくるビジョンを支える「武器」は予想以上に多いし、非常に楽しみな世界でもあるはずです。

まず、消費者(インターネットユーザー)が何を望んでいるかを、真摯にとらえることから試行錯誤を始めるべきでしょう。この10年の間、新聞界が陥ってきた製造者の都合を優先する論理を、依然として振り回すようではどうしようもありません。

それと重要なことは、新聞購読者が減少する傾向にあって、新聞を将来的にどうしたいのかについてはっきりしたデザインと目標がなければなりません。部数だけでなく、購読者に届ける形も含めて想像力を働かせるべきです。「購読者」とは別に存在する「読者」をどうとらえるかも重要です。

ネット対応、編集が本気にならない限り無理/武蔵大学松本恭幸ゼミのみなさんからの質問(6)-(8)

(2017年10月25日、都内東京ガーデンテラス紀尾井町「LODGE」で開かれたトークイベント「地方紙から考えるこれからの地域メディアと地域社会」の際、企画した武蔵大学社会学部メディア社会学科・松本ゼミの学生さんから出された質問に対する回答です。地方新聞の未来を正面から考えようとする学生たちの表情がまぶしいひとときでした)

【質問(6)】様々な地域メディアが今まで生まれてきたと思うのですが、その事例について伺わせてください。(ご自身が関わったものであったり、関わっていなくても面白い事や参考になったと思う事例などを教えて下さい。

【答え】(略)

【質問(7)】地域新聞社及び全国の新聞社がインターネットを導入することを受け入れなかった背景にはどういったことがあるのか伺わせてください。

【答え】もちろん、ごく例外的には戦略的な判断を経てデジタル化に向かっているケースもあります。しかしながら、特に地域に由来する新聞社群の中で、今もなおデジタル化を「受け入れ」られないでいる事例が存在するとしたら、それはもう看過できることではないように思います。ネット社会、デジタル社会が到来するのが分かっていて、そのことへの対応を怠ってきたとしたら、取材を得意とする新聞社にはあるまじき行為です。

新聞社がネットを受け入れられない理由はさまざまですが、経営トップの判断のレベルで言えば「ネットは儲からない」と判断したことが大きな理由のようです。

でも、新聞という、たった一つの商品しか持たずに百年以上も仕事をしてきた企業体がネットを簡単にビジネスにできると考える方が間違いです。新聞も新聞社も大きな意味のデジタル社会で生き残る必要があるとの時代観というか、大局観があれば、10年、20年、30年の長期的な目標を設定し、そのときどきのリソースを組み合わせながら取り組んだはずです。取材を得意とする新聞人のはずなのに、そのような意味での大局観がないままに、自分の任期さえ無難に過ぎれば御の字と考えるとしたら、やはり無責任としかいいようがありません。

特に重要なのは編集部門の「食わず嫌い」です。百年以上の実績を持つ新聞というパッケージを愛するあまり、インターネットは新聞を駄目にするという、根拠のない考えに支配されてしまいました。

今ごろ繰り返すのもこっけいですが、ネットは新聞を駆逐するのではなく、ネット環境が新しい価値、新しい環境、新しいライフスタイルを提供し、その結果としてメディアの選別が起きるだけです。ネットと新聞は決して「原因と結果」ではありません。

何と言っても、新聞社の力は、編集の現場が担います。新聞あるいは新聞社の未来をデザインしようというときに、肝心の編集が動かないのでは話になりません。戦いになりません。地方新聞社の次の10年を考えるとき、編集が本当に本気にならないと完全にアウトです。

【質問(8)】地方紙は地域メディアの中でどの立ち位置に今の段階であるのか、そして今後の展望としてどの立ち位置にいくと考えられるかを伺わせてください。また、地方紙のほかに地域メディアを担っている、もしくは、これから担っていくと考えられるメディアがあれば教えて頂きたいです。

【答え】この問題に答えるには、地方紙に携わる人たちがデジタル社会あるいはネット社会に向かってどうしたいのかをまず問う必要があります。何度も繰り返しますが「世界観」です。地方紙の現場を支える人たち自身の問題です。誰の問題でもない。専門家らしき人を探し求めても駄目です。地方紙の多様性や地域の実情を踏まえたうえで具体的に提案できる力は誰にもありません。まず、自らの問題としてとらえ直し、インターネットやデジタルがどのようなものなのかを自らに引き付けて理解する必要があります。それと、いわゆるイノベーションについて理解し、企業体としての新聞社をテーマとして位置づけることから逃げてはいけません。

地方新聞社で育ててもらった関係もあり、個人的にも地方紙の将来はメーンテーマの一つです。新聞社を卒業し、フリーになってからは、ほとんどすべてのエネルギーをそのために割いてきました。だから、提案は幾つもありますが、今の地方新聞社の経営や現場の第一線は、イノベーション路線とは逆の方向に向かっているようなので、外部からいくら言っても恐らく無理なような気がしています。耳を傾けるつもりがなければ、外からもたらされるはずの情報がどんなにあっても届きません。そんなことを主張した有名な書籍のタイトルを思い出します。

奇跡がいますぐ起きて地方紙のリーダーがその気になったとしたら、参考にすべき人や発想は、地方紙の足元、自らがよって立つ地域から生まれることでしょう。今回のセッションの契機の一つとなった拙著「仙台発ローカルメディア最前線」は、そのことに気付いている人に真剣に読んでもらえれば、地方新聞社が向かうべき方向性がほのかに分かるように書いています。

ただし、書いてある事例や分析を単純に真似ようとしても駄目です。何かを絶対的、確定的な形で教えようなどと、頭の高い考えを抱いているわけではありません。読む人が自らの頭と手と足を使って動くための刺激リストのようなものです。ただし、あくまで「奇跡が」起きればの話です。どうでしょうか。

ローカルメディアの連携/仙台メディアフェスティバル

 地域メディアの運営や取材・編集等に携わる団体や個人が参加する「仙台メディアフェスティバル」が2017年11月11日、仙台市若林区新寺2丁目の「TOHOKU 
MEDIA BASE」で開かれました。ネットメディア「TOHOKU360」を運営する合同会社イーストタイムズ(仙台市、中野宏一CEO)の主催です。東日本大震災以後、「TOHOKU360」を軸に連携策を模索してきた団体や個人が参加する形で実現しました。ローカルメディアを運営する地域の団体や個人が協力することで、どんな可能性が開けるのか、課題はどのあたりにあるのかを手探りしました。
 
 仙台メディアフェスティバルには、イーストタイムズと協力関係にあるNPO法人メディアージ(仙台市)のほか、小説「プロパガンダゲーム」(双葉社)を発表したばかりの仙台在住の作家、根本聡一郎さんや雑誌「宮城を視るドキュメンタリーマガジン インフォーカス」の企画・取材・編集から営業までの一切を行う、一人出版の相沢由介さんら個人も参加しました。「TOHOKU360」で提携関係にあるシンガポール経済新聞とインド・ムンバイ経済新聞の編集長を務める小里博栄さんが来日して参加。 シンガポールの週刊誌「Singalife」の飯田広介編集長もネットで参加しました。
 
 仙台発のローカルメディアの活動や背景等について理解し、既存のマスメディアをも含めた全体状況の中で位置づけようと試みました。ニュース記事を朗読するという挑戦的な試みもありました。「TOHOKU360」の通信員でもある「リーディングユニット 100グラード」の渋谷亜也さんが登壇。「仙台流行語大賞」セッションでは、この1年、仙台や宮城、東北で起きた出来事を参加者全員で出し合い、仙台・宮城・東北に住んでいるからこそ分かる流行語(言葉)ランキングを作りました。第1位は「東北でよかった」。今村雅弘復興相(当時)が東日本大震災に絡んで発言し、辞任に追い込まれました。今村発言を逆手にとって「東北で良かった」発言がネットで相次ぎました。
 全国的に話題になっている小説「プロパガンダゲーム」の著者と、たったひとりで出す雑誌「宮城を視るドキュメンタリーマガジン インフォーカス」の著者が登壇したの
は「みんなで作るメディアの未来」セッション。個人がメディアとなる、創造の世界で、フィクションやノンフィクションを手掛ける二人に、地域密着型のメディア編集経験の長いライター・編集者の経験を重ね合わせました。「本当にわれわれがメディアの未来を作るとしたら、今から何をすればいいのだろう」と発言したのは、メディアカフェ的な場の運営に長けているメディアージの漆田義孝さん。
 
 「ローカルとグローバルがつながる」をテーマに掲げた世界通信員会議では、TOHOKU360の提携先であるシンガポールとインドのメディア関係者も参加し、「ローカル」と「グローバル」がごく自然につながるメディアのあり方について考えました。小里博栄ムンバイ経済新聞編集長兼シンガポール経済新聞編集長は「ものを考えなくなった日本人」としっかり向き合うことがメディアの役割と強調しました。「みんなで作るメディアの未来』セッションの際の漆田さんの発言に対する一つの答えのように聞こえました。
    ▽   ▽   ▽
 「仙台メディアフェスティバル」の会場となった「TOHOKU MEDIA BASE」はイーストタームズが開設、メディアージの活動拠点ともなります。そのほか、
メディア活動に携わる団体や個人の拠点としても利用可能にするそうです。
【写真(上)】メディアの未来とは?をめぐり充実した意見交換があった。
【写真(中)】ニュースを読む。ニュース記事によって伝わる力が違ってくる。
【写真(下)】インド、シンガポールと結んだ世界通信員会議

震災後に生まれた市民発のメディアの意味/武蔵大学松本恭幸ゼミのみなさんからの質問(5)

【質問(5)】 東日本大震災以降、新聞社以外の市民自らが紙媒体などを作り、市民の側に情報が送った。その後、そうしたひとたちの活動が基になって、新たに起きた地域におけるメディアの動きがあったかを伺わせてください。

【答え】この点で最も実績を残しているのは、きょうの機会を作っていただいた松本恭幸さん(武蔵大学社会学部)のゼミ生たちです。松本ゼミの学生たちは東日本大震災以降、被災地に足を運び、取材を続けました。

https://thepage.jp/detail/20160329-00000008-wordleaf

その成果について知るためには松本さんの著書「コミュニティメディアの新展開 東日本大震災で果たした役割をめぐって」(学文社、2016年1月)をお読みになることをおすすめします。わたし自身は、松本さんたちがリサーチした事例を意識しながらも、仙台という都市に出現した3つの事例をフォローしている最中です。松本さんたちの成果も含めて、事例を一つひとつ紹介する時間はありませんが、一点だけ留意してほしいことがあります。

それは、質問の冒頭に書いてあるように「東日本大震災以降、新聞社以外の市民自らが」メディアの開発や運営に携わりつつあることとの絡みです。

東日本大震災後の、特に、わたしがメディア局長として現場を受け持っていた河北新報社の記者・編集者や、新聞社のさまざまな現場にかかわる社員たちは、毎日、泥だらけになって被災地を回りました。自分自身や家族も大震災による大変な打撃を受けている中で、どれだけの仕事をこなし、今に至っているか。大きく評価したいと思います。単なる身びいきではないつもりです。自分と家族が暮らす大切な地域が、東日本大震災によって、かつて経験したことのない厳しさで損なわれました。被災直後から現在まで続いている記者らの行動は震災がもたらした厳しい現実に突き動かされたものでした。当時、わたしは直接現場に向かう立場を離れてだいぶたっていましたが、彼ら彼女らは本当によく戦ったと思います。

既存のメディアがあれほどのパワーを発揮し、報道したことと、松本さんのゼミ生たちがリサーチし、報道した事例の関係を、今後、どのようにとらえていくべきでしょうか。既存のメディアが不十分だったなどと、言うつもりはありません。では一体、どういうことだったのか。アカデミズムの研究者たちの力も借りながら、何としても見極めなければなりません。

一つだけいえることは、あのような規模の災害時には、平時の取材リソースを動員するだけでは追いつかないほど、過酷な現場が無数に、しかも次々と生まれてしまうことです。災害発生時はもちろんのこと、現在に至るまで、メディアが伝えるべき現場は生まれ続けているというのに、取材フォローが追い付かないとしたら、伝えるべき事柄が十分には伝わりません。ニュースや情報を本当に必要としている人たちに、適切なタイミングで、適切な質と量のコンテンツを提供できているかどうかが重要です。比較的大きなマスメディアが幾つかあれば事足りる話ではありません。地域に展開するメディアの多様性をさらに確保しながら、多様なニーズにこたえていく知恵と工夫・実践の先に、メディアの未来が初めて開かれると思うのです。

東日本大震災では、結果として多くの市民メディアが生まれ、さまざまな形で現場をフォローしました。一つひとつの事例をとってみれば、情報量や内容がプロメディアには劣るという指摘があるかもしれませんが、そうした微弱電流のようなメディアの意味にあらためて注目し、それらを支えた人たちの思いを次世代のメディア論に盛り込む必要を感じます。

ニュースや報道は、専門的な訓練を受けた記者たちの独占物ではありません。マスメディアとしての装いで消費されるだけのものがニュースではありません。利用する人が多ければそのニュースが偉いわけでもない。ニュースや報道の可能性や意味合いに触れ、利用し、参加する権利は誰にだってあるはずです。そのためにはニュースや報道について考えるうえで、ほんちょっと柔軟な発想が求められます。言葉を変えていえば、次世代型のメディア論、新しい世界観を開発する必要がある、というのが、現時点でのわたしの立場です。

ネットのリスク、地域メディアの強み/武蔵大学松本恭幸ゼミのみなさんからの質問(3)(4)

【質問(3)】地域にインターネットを導入することにより得られると期待した事、また導入によるリスクを伺わせてください。

【答え】インターネット初期に考えたメリットは、何と言っても地方紙のニュース・情報を世界に飛ばせることです。

ジャーナリズムの世界では有名なピューリッツァ―賞がありますが、日本の新聞社にだって、それに匹敵する報道成果はいくらでもあるはずです。日本語による報道というだけで日本独自のものに終わっていますが、インターネットをうまく使えば、ローカルメディアの価値を大革新できると考えました。それがネットの初期段階です。今、考えればあまりにユートピア的で楽観的ですが、そんな将来が来ると思うと、実にワクワクしたものです。

導入によるリスクは何もなかったように思います。いざ、踏み出そうとする前に、自分では確認してもいない、根拠に乏しい「リスク」をあれこれ言い立てる人にどう対応するかの方がリスク管理上、よほど重大でした。現時点でも、ネット社会への対応は、メディアとしての、いわば必須の環境整備にすぎません。リスクを先に考えて立ち止まる余裕はないはずです。

残念ながら今となっては、もっと地道で切実な問題が重くのしかかっています。既存の地方新聞社が手をこまねいている間に世間様は、すっかり「ネット社会」仕様になってしまいました。既存メディアである地方新聞社は、ネット社会への対応の点ですっかり後れをとってしまいました。一体、今後、どう生き残ろうとしているのでしょう。

定年退職し、新聞社の現場を退いた身にかろうじて届く「風の便り」によれば、地方新聞社群がネット社会に対応するための明るい材料はほとんど見えません。はっきり言ってそれは現職のみなさんの重大なテーマなので、OBが気にすることでもないのでしょうが、やはり心配です。

私自身の個人的な立場は、自分も含めて地方新聞に集う人たちがこれまであまり目を向けてこなかった、自分がよって立つ地域のメディアアクティビティに注目しながら、5年先、10年先のメディア世界につながる世界観や具体的なメディア戦略・戦術を考えることにあります。長い間育ててくれた地方新聞社の動向を見守っていれば、ずっと先の方で連携できるのかもしれません。

【質問(4)】地域と一言で言っても文化、特色も違うのでそれぞれにオリジナリティのあるメディアが誕生していくと思います。そこで、地域に由来するメディアが生み出すことのできる強みがあれば教えて下さい。

【答え】オリジナリティや多様性が地域にあることは新聞時代も同じでした。ネット社会になって何が違うかと言えば、そのオリジナリティを文化として楽しんだり、ビジネスや商品として開発したりする可能性を飛躍的に高めたことです。そのオリジナリティを生かした文化やビジネス、商品が広大なネット社会に供給するに足るものであることは言うまでもありません。長い間、地域だけで消費されてきた価値がネットやデジタル技術によって解き放たれつつあります。これを強みと言わなくてどうするのでしょうか。

しかしながら、地方新聞社に限っていえば、インターネットが登場して以来、ほぼ20年間というもの、せっかくのオリジナリティを新聞あるいは新聞業界の都合に閉じ込めてきました。地域に由来するメディアの強みであるはずのオリジナリティを「ネット社会」仕様でコントロールするための努力を、たとえ倒れても続けなければならない20年のはずでした。今後10年、20年と続く将来も同様です。

今、「ネットはもうからない」とか言って、ネット部門を縮小しているケースがあるやに聞きますが、事ここに至って、ネットやデジタルから逃げよう、目を背けようとするリーダーたちは果たしてどんなメディア戦略を考えているのでしょうか。自分だけが1年か2年生き残ればいい、面倒なことはやりたくないというのであれば、それは、これからも新聞あるいは新聞社に集う後輩たちを置き去りにするようなものです。新聞メディアの未来を考えるうえで大きな禍根を残すことになるでしょう。