こんな人に読んでもらいたくて「仙台ジャズノート」を書きました。

この作品にはジャズ音楽を演奏する喜びを知っている人が大勢登場します。プロもアマチュアも、小学生から60、70代のシニア世代まで。コロナウイルスのために少しイライラが募るけれど、オトを楽しみ、つなぐ喜びに触れてみませんか?                                

 この本を読んでもらいたいのは、たとえば・・。  

  • ジャズ音楽が好きな人
  • 古くても新しくても・・。とにかくジャズを聴くのが楽しい人
  • ジャンルにとらわれず、音楽が好きな人
  • アマチュアで演奏する人
  • 楽器を演奏する人、楽器を始めた人
  • 楽器やバンドを始めたい人
  • 楽器を演奏した経験がある人
  • ジャズ音楽最大の謎であり、魅力でもある「スイング」に取りつかれた人
  • 歌を歌うのが好きな人
  • 新型コロナウイルスに負けずに音楽を続けたいと思っている人
  • 吹奏楽に興味を持って頑張ったことのある人
  • 音楽教室で習っている人あるいは習ったことのある人
  • 子どもたちの音楽活動に関心がある人
  • 定年後、何か一つ挑戦してやろうと思っている人
  • 子どもや孫が音楽に夢中だ、と楽しみにしている人
  • 子どもや孫の世代にの音楽を聴く楽しみを伝えたいと思っている人
  • 息長く趣味を続ける楽しさを知っている人
  • 「仙台」という街が好きな人
  • 音楽活動が盛んな街に住んでいる人
  • 自分の街が好きな人

香月登さんの『「シニア」「ローカル」のメディアにデジタル出版をオススメする理由』

【仙台ジャズノートミニ報告03】「金風舎」を運営する「デジカル」の代表取締役社長の香月登さんのnoteです。『「シニア」「ローカル」のメディアにデジタル出版をオススメする理由』。拙著について触れていただきました。

「シニア」×「ローカル」×メディアDX=デジタル出版の大テーマ。大いに共感するところあり、なので少しずつ咀嚼しながら考えていくつもりです。

https://note.com/nobosan/n/n8ae752a9eb72?fbclid=IwAR0WtQEq6GnsBCy4GTv2pDtvsLXZCknJTxMQKApc9RmBxnZLi7ATB2K5owY

書評をいただきました。「仙台ジャズノート」

Toshihide Doiさんより拙著「仙台ジャズノート」に書評をいただきました。いろんな成り行きでジャズ音楽に絞ったけれど、取材中、「どうしてジャズだけ」という、視線を感じていました。Doiさんの書評は、そんな気分をしっかり指摘してくれています。以下、書評全文を引用しましす。
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この欄を借りて友人が出した本を紹介させて……あれれ、すでにふたりに追い越されてしまっている。のろまですみません。でも、めげない。紹介文は書き上げてしまっていたのです。ほら「二度あることは三度ある」って言うし。
 この本の特徴は、仙台という一地方都市をステージにした「ローカルなジャズ」の情景を描いていることです。ローカルと言ったからって、卑下しているわけではありません。等身大なだけです。筆者自身が演奏者の端くれとしてかかわっている、世界の住人ひとりひとりを訪ねては、「ジャズとは何か」を問い続けます。プロ、アマチュアの隔たりもなく、世代も小学生から「長老」まで、楽しく息づいている姿を肩ひじを張らずに伝えてくれます。
 読み進めるうちに、気づくことがあります。仙台市内の場所、場所に楽器を手にしている笑顔が配置されています。あぁそうなのか。筆者はジャズの視点から仙台という街の地図を描いているのかもしれない、と。横に広がるとともに、街が生きてきた縦軸が、しっかりとした「背骨」になっています。この街が好きなんだな。
 となれば、どの地方都市でも「息づく地図」を作れるのではないか。ジャズでなくても、音楽でなくてもいいのです。絵画であれ、踊りであれ、さまざまなアートを視点に、装いにあふれた、誰もが生きている街の地図です。その「先例」として読むこともできるので、ぜひ手に取ってほしいです。
 「仙台ジャズノート」(金風舎)は、オンデマンド出版という形をとっています。書店には並びません。アマゾンに注文すると、送られてくるというシステムです。

「仙台ジャズノート」を書いた理由など

ジャズ聴き45年、学生&社会人バンド歴48年の元記者・編集者が書いたジャズレポート。とは言っても、主要なジャズメディアの「好物」である世界に名だたるミュージシャンが登場するわけではありません。身近なライブ会場やストリートで見聴きした「身近な演奏者たち」へのアクセスの記録です。

登場するのは小学生から80代のシニア世代まで。たとえば小学校低学年が自分の体よりも大きい(?)管楽器にぶら下がるようにして演奏しています。ボランティアミュージシャンの指導を受けながら巨匠カウント・ベイシーのスタンダードを承継しています。水準ひとつ飛びぬけているプロの周囲には、アマチュアとプロの区別なく演奏者が集まります。レッスンシステムがさまざま整備されてきたおかげで、アマチュアの中には技術的にはプロをもしのぐ演奏者も珍しくありません。アマチュアたちにとっては市民活動的な練習の繰り返しが命。市民センターや音楽スタジオに定期的に集まっては音楽を楽しんでいます。

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本書はそうしたローカルの現場を支えるミュージシャンたちへの取材の記録です。特にインタビューを隅々までお見せすることに最大の注意を払いました。ニューヨークに行かなくても、ニューオーリンズには行けなくとも、身近な現場で繰り広げられるジャズシーンを堪能してください。

長年、仙台、東北を主な取材エリアとしてきた筆者が、定年後、念願かなって身近なジャズシーンへの取材を敢行しました。「地域」「地方」「地元」にあるニュースをネットを通じて世界に発信したい!そんな共感でつながった仙台発のネットメディア「TOHOKU360」で連載を始めたとたんにあの「新型コロナウイルス」が・・。全世界のエンタメ現場同様、身近なジャズシーンも動きがほとんど停止状態に追い込まれました。

その窮状から抜け出すために多くのミュージシャンがひそかに自己練を重ねました。彼ら彼女たちが中心になり「三密」対策を十分に講じた演奏の場を自ら主催し、リモートによるネットライブを重ねた事実をしっかりとらえることができました。身近なミュージシャンたちの音楽にかける前向きな姿勢は、本書のための取材を終えた時点よりもさらに増勢の一途。そのスピードと質の高さを自分なりに楽しむことができているのは、取材者冥利に尽きると言っていいのだと思います。
ジャズに限らず全国各地には、それぞれに身近な現場が必ずあるはずです。ブログなどでリポートを書いてみませんか?仙台とネット上で連携しましょう。

▶目次

プロローグ

第1章 身近なジャズ

第2章 現場を見る

第3章 回想の中の「キャバレー」

第4章 コロナとジャズ

第5章 次世代への視線

エピローグ

あとがき

 

シニアネット仙台オールディーズOldays 活動記録の利活用のために

どこかに積んだままになりがちな古い資料やデータを散逸しないようにするにはどうすればいいでしょうか。仙台で活動しているNPO法人「シニアのための市民ネットワーク仙台(通称シニアネット仙台)」のアーカイブサイト「シニアネット仙台オールディーズOldays」を始めました。なんだかあか抜けないなあ、と自分でも思いますが、お金をかけない、運営負担をなるべく少なくする-の方針のもとにボランティアで続けるには妥協も必要なんです。
 シニアネット仙台とのかかわりは、1995年8月12日の立ち上げに参加したことから始まりました。NPOが日本に登場する以前のことで、市民活動とかボランティア活動とか称していました。ネット環境が素朴ななか、手作りでホームページを立ち上げました。仙台の市民活動団体の中で最も早かったことは自分だけが知っています。(笑い)
 このホームページにはほぼ10年分の活動の記録が収容されました。当時のメンバーたちの「血と汗と涙」、喜怒哀楽のすべてが詰まったデータといえばいいでしょう。あまりにも手作り感がすごくて、その後のホームページ更新と連動させることができませんでした。データの散逸だけは防ごうと、自分のハードディスクに一括保存してあったのですが、画像の位置情報や画像自体がどこかにとんでしまい。元の形で表示することは難しくなりました。
 以来、時間だけが過ぎていくので、今回、無料のブログサービス(ライブドア)を使って「オールディーズ」を作ることにしました。自分のハードディスクに保存した大量のデータを一つ一つ確認しながら掘り起こし、適宜、説明を加えながらブログ記事として仕立てます。画像もあるので思うようには進みませんが、これもボランティアならでは。数日おきにブログが更新されると思っていただければありがたいです。
 もともと40代半ばに仕事でシニアネット仙台の立ち上げにかかわりました。会社からは「いくらキャンペーン(だったのです!)の成果とは言え、人や金をいつまでも出せない」と言い渡されたのをきっかけにNPOの世界にはまっていきました。
 多くの「同志」たちと出会い、仕事以外の人間関係に導いてもらいました。会社を卒業して早くも丸7年が過ぎました。大きな組織を卒業しても、慌てることなくやってこれたのは、シニアネット仙台時代に培った自立心(?)のたまものではないかと思って、のんびりと進むことにします。

「仙台のオト」を主題に組曲 作編曲家秩父英里さんと仙台のミュージシャンが共演

仙台の「街の音」を採録し、さまざまな音にちなんだ曲を組曲形式で演奏するジャズライブを聴きました。仙台ジャズギルド主催の「Sound Map ← 2020→ Sendai」。米ボストンにあるバークリー音楽大学を首席で卒業した作編曲家でピアニストの秩父英里さん=仙台出身=が仙台の中堅の演奏者らと共演しました。

「Sound Map ← 2020→ Sendai」に出演した演奏者たちは事前に採録した「街の音」を主題に、4パートから成る組曲を演奏しました。伝統的なジャズのニュアンスだけでなく、現代音楽のような展開、カリプソ的な南国調など、とても楽しめる内容でした。特に賛助出演した仙台フィルのチェロ奏者山本純さんのサウンドは、ジャズライブの楽しさを新たに提供してくれるようでした。

組曲の芯となった「街の音」は、市バスの車内の音、清流として知られる広瀬川の流れをとらえた音、仙台空港の発着音など。「街の音」によって演奏者の何がどう刺激されたのかは、推測することさえ難しいのですが、秩父さんの指示・指揮のもとに繰り広げられるサウンドを聴いているうちに、新しい形の「街の音」が生まれつつあるように思えてくるのでした。

 同時に、新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されるなかで「街の音」を取り上げたことの意味が次第に明瞭になってくるようでした。わたしたちの暮らしがひたすら自粛、活動停止に向かえば、あれほど多様で豊かだった「街の音」が消えてしまう可能性さえあります。そこには、演奏家たちが今こそ、演奏し表現し続けることの意味も二重写しになっていました。

おひとりさまメディア、っていいもんだよ。

仙台のさまざまなメディアの関係者が事例発表する「仙台メディアフェスティバル」が2019年11月23日、仙台市青葉区一番町のフォーラス8階「TAGE」で開かれました。市民参加型のニュースメディア「TOHOKU360」と「TAGE」の共催で、100人を超える来場者で一日中、にぎわいました。仙台メディアフェスティバルは今回が2回目。

TOHOKU360の編集デスク兼通信員(市民ライター)としてTOHOKU360に参加しているので、正確には主催者側あるいはその応援団的な立場ではありますが、個人的なメディア活動である「メディアプロジェクト仙台」(振り返れば新聞社卒業後6年になります)として企画展示に参加しました。

仙台メディアフェスティバルのために設定したテーマは「おひとりさまメディアが面白い」です。展示内容をPDF版にしました。お時間とご関心のある方はご覧ください。「おひとりさま」の言葉を見た人には「寂しそうだ」との印象を与えたかもしれませんが、現職時代を振り返れば、たとえメディア企業に身を置いていても結局は自分一人。組織集団を頼みにするばかりで、まともに課題解決さえできないのではどうしようもありません。

それに対して仙台メディアフェスティバルに参加した多様なメディアの人たちは、大きな既存メディアに比べれば、一人一人の感性や知識、実践力が問われる中で勝負しています。経済的にも恵まれているとは言えないのですが、その着想と、自分たちが設定した目標に向かって進むエネルギーは半端ではありません。

「おひとりさま」の表現はそうした若い世代にエールを送るつもりで考えたものです。もちろん、新聞とネットの双方に軸足を置きながら取材し、編集し、発信し、蓄積・再利用する、大きなプロセスに関して、その都度、自分の周りに起きた、技術、コンテンツ両面にわたる事柄も不十分ながら整理してあります。何よりも、個人的に重要だと思うのは「おひとりさま」で意識的に「メディア」にかかわることによって、仕事やメーンとなる役割以外に「自分軸」が複数できる点です。それらの軸の専門性を時間をかけて高めることによっていわゆる本業へと展開することもありえるし、年齢をいくら重ねても途絶えることのない自分軸に育っている可能性だってあるわけです。

現に仕事を持っているか、これから仕事に就く若い人におすすめなのは、「本来業務」が落ち着いたら、「おひとりさま」で関わるに足るテーマを探すことです。最低限、自分のブログを書き続け、個人メディアとして発信続けるのが望ましい。複数のテーマをキャッチし、時間をかけて育んでいくことで、自分をメディア化するセンスは磨かれます。少なくとも会社人間、組織人間として自らを消耗し尽くすなんてことはありえません。

もちろん、「本来事業」との関係で苦しいこともきっとあるはずなので、そんなときは無理はしない方がいい。どこまでも柔軟に自分本位に続けましょう。

インターネットの登場以来、情報を集め、編集し、蓄積・利活用するツールやシステムは面白いほどに変わってきました。自分にぴったりのツールはかならず見つかります。自分だけの情報環境を組み立てる力を持つことは、たとえばメディアの世界で仕事を見つけるときに有効だし、メディア以外の仕事に就くうえでの基礎的な体力として重要なのは言うまでもありません。

今回の展示では「ブログ」を重要なポイントとしてあげておきました。ブログという表現形式が登場して爆発的に利用される時間を経て、一時は「ブログ疲れ」という言葉さえ聞かれました。どんどん下火になるような雰囲気さえありました。

ところが、Facebookなどのソーシャルメディアが登場してからは、個人的に運営するブログが大きく変質しました。ソーシャルメディアの拡散力は、なるほど注目に値しますが、時間と手間をかけるほどに、そのコミュニティが「仲良しクラブ」的な雰囲気に変化していくことが珍しくありません。

そんなときに、長い時間をかけた自分のブログ環境が一つあれば、コミュニティに参加するにあたって、自分軸に支えられた奥行き、深みを演出する強力な仕掛けになります。ソーシャルメディア時代に意識して「おひとりさま」であろうとすると、人とのつながりはむしろ加速します。そんなに悪いものではないのです。

おひとりさまメディアが面白いPDF版

仙台メディフェス・ビオトープ論PDF版

 

ローカルメディアの鼓動が聞こえる/日本新聞博物館

横浜市にあるニュースパーク(日本新聞博物館)で、全国各地の「ローカルメディア」160点を集めた展示会「地域の編集」が行われています。地域に根差した新聞社の事業事例24社30例と組み合わせながら、多様化が進むメディア社会の風景を見せてくれます。新聞社員の研修を兼ねて、ニュースパークと地元「ローカルメディア」の取材を進めてはいかが?
ニュースパークが今回の企画のために収集し、取材した「ローカルメディア」はさまざまな地域特性やテーマに支えられています。これらの「ローカルメディア」を丹念に読んでみると、メディア社会のありようが単なるビジネスや「マネタイズ」だけで動いているわけではないことを実感できます。なぜか新聞は手を出さないけれども、分厚くて豊かな地域コンテンツがあることも分かるでしょう。
 デジタル化やインターネット、特にソーシャルメディアの普及が急速に進む中にあって進むべき方向性を見失っている新聞社が仮にあるなら、ニュースパークが収集した「ローカルメディア」の成り立ちや運営の実情に関心を持ち、許されるなら編集に参加してみることをおすすめします。その際、上から目線、先人・先輩面は禁止です。
運がよければ、「元祖ローカルメディア」(この企画を支えた編集者の言葉です)と一緒に歩いてくれる人たちの姿や手掛かりが見えてくるかもしれません。

災害と地域メディアの価値/NHKラジオ「ゴジだっちゃ」から

NHK仙台放送局のラジオ番組「ゴジだっちゃ」の9月30日(月)の放送を聴いていたら、台風15号の関連で、地域で活動するメディアの重要性を強調していました。ネットメディア「TOHOKU360」の安藤歩美編集長がゲストで番組に出演し、千葉の人たちはふだんから全国紙やキー局を通じてニュースを知ることに慣れていて、地元の新聞社や放送局の価値に気づいていない、という趣旨で発言していました。

安藤さんは千葉県出身。台風15号では実家に急遽、戻り、被災地を取材しました。その成果をTOHOKU360にも書いています。「ゴジだっちゃ」では毎週木曜日のパーソナリティを務めています。

台風15号上陸から一週間 千葉出身の記者が見た地元の今

その通りなんです。2011年3月11日の東日本大震災を地元メディアの関係者として経験した人ならだれもが感じていることだと思うのですが、東北の人たちは、自画自賛があまり得意でないせいか、自らそのことを強調するのに遠慮があるようです。デジタル化やインターネット社会への対応の点で、立ち遅れ、その原因を作ったベテランたち(自分もその中に入ります)が自信を失っているように見えるのは仕方がないとして、若い人たちまで、無力感を漂わせているように感じるのはとても残念です。

例えばわたしの場合、河北新報社のネット部門に携わっていました。40年もの間、新聞社の仕事に携わっていて、あんなに痛い目にあったことはありませんでした。同時に、非常時にチームで立ち向かうときの充実感や同僚たちの提案力、いざというときに心配してくれた遠く離れているメディア関係者たちからの声援やサポート等々・・。

特に自分の家族の暮らしが震災でダメージを受ける中、毎日、被災地に通い、泥だらけになって取材を続けた記者や編集の諸君、営業の多様な現場で踏ん張った若い人たちの頑張りは見事でした。

デジタル化なんていったって、克服する覚悟さえ本当に整えば、結局は東日本大震災のときに見せた頑張りを多様で分かりやすい事業メニューやプロジェクトとして具体化し、「夜郎自大」のフォームを1日も早く抜け出し、地域メディアだからこそ可能な振る舞いに徹底すればいいだけです。物事を決める権限さえ与えれば、若い人たちからは面白いアイデアがどんどんわくことでしょう。「ゴジだっちゃ」の盛り上がりを聴いて久しぶりにそのことを思い出したのでした。

【書評】「事業を創るとはどういうことか」「温度ある経済の環」を生み出すビジネスプロデューサーの仕事 /「模倣」は通用しない 地方新聞社のデジタル対応

「事業を創るとはどういうことか 『温度ある経済の環』を生み出すビジネスプロデューサーの仕事 」
著者 三木言葉 (CROSS Business Producers株式会社代表取締役)

英治出版

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三木言葉さんと初めてお会いしたのは、10年ほど前に参加した共同通信社での勉強会の席上でした。ヨーロッパのメディアについての報告で、事例調査の詳細なことに驚いたものです。当時はまだ地方新聞社のネット現場を担当していたので、機会を見つけては意見をうかがうようになり、現在に至っています。

地方新聞社に与えられた問題の複雑さ、深刻さに比べて、わが力量の覚束ない場面でも、三木さんはあきらめることなく、粘り強く、こちらの視野を広げる努力を続けてくれました。三木さんの立場からすると、売上の面でも、仕事のレベルとしても、まともな案件とは言えなかったはずですが、プロの仕事の奥行き、特に戦略的な発想をないがしろにしない姿勢から多くを学ばせていただきました。本書でもあらためて書いているように「温度ある経済の環」づくりをビジネスの理念に置くなど、ひとがプレイヤーとなる経済とでもいうべきニュアンスを感じさせます。

三木さんの「事業を創るとはどういうことか」は、40年にわたって、地方新聞社の現場、つまり新聞とインターネット&デジタルの領域を預かり、担当してきた立場からしても、極めて重要な指摘を多数含んでいます。

とりわけ地域に由来するメディアの戦略的なアプローチを考えるには、「第3章ビジネスを設計する」の「事業の基本となる骨組み」がとても重要です。以下、冒頭の部分を引用します。

 新規事業とは、誰かがすでに行っている事業の「模倣」ではなく、今の世の中にはないものを、経済活動として、一定の目的と計画の下に、さまざまな人とともに行うものです。

あまりにも基本的な指摘だと思われるかもしれません。「当たり前ではないか」と。しかし、デジタル社会の本質に半ば背を向け、従来型の発想と手法に逃げ込もうとするケースが目立ちます。本書が詳細に述べている、「事業を創」ろうとする場合の基本的な態度、原則、前提条件をしっかり認識し、「一定の目的と計画」を設定する以外に道はありません。

「模倣」では駄目なのです。本書中にもたびたび登場するように、専門的な知見に触れたときに、「それでいつ、どれだけ儲かるのか」と言わんばかりの態度をとる当事者たちがあまりにも多い。何のためらいもなく、そうした前提を置く人たちに、当事者として議論に参加する資格さえないといっていいでしょう

第1章「事業開発の全体像」と第2章「将来ビジョンを描く」に注目してほしい。「将来ビジョン」は、三木さんらCROSS Business Producersがグローバルなリサーチ活動の過程で開発した手法で、これまでは「未来ビジョン」と呼んでいた考え方です。問題を解決するには、自らの過去・現在・未来について、自ら考え、試行錯誤する以外にありません。

もちろん、実際には多くの才能や知見、人々とのネットワークを生かす以外に道はないのですが、そのことが、他者への安易な依存、前例踏襲的な「模倣」に終わる危険性をはらんでいます。インターネット&デジタル社会20年に乗り遅れてきた地方新聞社を取り巻く状況は極めて厳しい。本書が強調する「新規事業の実践」を軸に、何かの「模倣」ではない、まったく新しい地域メディアとして支持される空間を自ら勝ち取る以外にありません。

従来から存在するメディア批判に対しても、いわゆる全国的な広がりを有するメディアとは異なる立場で一つひとつ解決しつつ、何よりも自らの問題として、自らアプローチする過程が重要です。業界横並び的な「物まね」はもはや通用しません。本書が提示する「将来ビジョン」を自分の問題としてしっかり受け止めることが出発点となるでしょう。