シニアネット仙台オールディーズOldays 活動記録の利活用のために

どこかに積んだままになりがちな古い資料やデータを散逸しないようにするにはどうすればいいでしょうか。仙台で活動しているNPO法人「シニアのための市民ネットワーク仙台(通称シニアネット仙台)」のアーカイブサイト「シニアネット仙台オールディーズOldays」を始めました。なんだかあか抜けないなあ、と自分でも思いますが、お金をかけない、運営負担をなるべく少なくする-の方針のもとにボランティアで続けるには妥協も必要なんです。
 シニアネット仙台とのかかわりは、1995年8月12日の立ち上げに参加したことから始まりました。NPOが日本に登場する以前のことで、市民活動とかボランティア活動とか称していました。ネット環境が素朴ななか、手作りでホームページを立ち上げました。仙台の市民活動団体の中で最も早かったことは自分だけが知っています。(笑い)
 このホームページにはほぼ10年分の活動の記録が収容されました。当時のメンバーたちの「血と汗と涙」、喜怒哀楽のすべてが詰まったデータといえばいいでしょう。あまりにも手作り感がすごくて、その後のホームページ更新と連動させることができませんでした。データの散逸だけは防ごうと、自分のハードディスクに一括保存してあったのですが、画像の位置情報や画像自体がどこかにとんでしまい。元の形で表示することは難しくなりました。
 以来、時間だけが過ぎていくので、今回、無料のブログサービス(ライブドア)を使って「オールディーズ」を作ることにしました。自分のハードディスクに保存した大量のデータを一つ一つ確認しながら掘り起こし、適宜、説明を加えながらブログ記事として仕立てます。画像もあるので思うようには進みませんが、これもボランティアならでは。数日おきにブログが更新されると思っていただければありがたいです。
 もともと40代半ばに仕事でシニアネット仙台の立ち上げにかかわりました。会社からは「いくらキャンペーン(だったのです!)の成果とは言え、人や金をいつまでも出せない」と言い渡されたのをきっかけにNPOの世界にはまっていきました。
 多くの「同志」たちと出会い、仕事以外の人間関係に導いてもらいました。会社を卒業して早くも丸7年が過ぎました。大きな組織を卒業しても、慌てることなくやってこれたのは、シニアネット仙台時代に培った自立心(?)のたまものではないかと思って、のんびりと進むことにします。

「静岡新聞社イノベーションリポート」を読んで

えっ?この報告書を社外に公開する?しかも、無料で?「静岡新聞社イノベーションリポート」をネットでダウンロードさせてくれるという知らせを受け取ったときの最初の印象は、驚き以外のなにものでもなかった。静岡新聞社の気っ風に異議があるわけではない。聞けば、情報をむやみに独占するのではなく、すべて開放系の環境に置くことで、難問解決に必要な自由な発想、柔軟な議論を実現したいとのことだ。完全に共感できる。

この「イノベーションリポート」をまとめるにあたって静岡新聞社は、米国カリフォルニア州シリコンバレーに専従者を置き、ニューヨークタイムズの手法を日本語訳するレベルから大胆に取り入れた。「イノベーション」の担い手となる人材を育てるため、シリコンバレーでの実地研修を実施した。会社からの指名だけでなく社内公募の形もとった。さまざまな職場環境を背景に持つ研修参加者は、有力なIT企業が集積するシリコンバレーの空気を体感。自分の属する組織の「イノベーション」の意味を実感する契機を得た。

地方新聞社を取り巻く諸問題を解決するには、問題自体が自分化されていなければならない。経営トップの判断を受けて同社でも過去に例のない研修プログラムは実現したが、自力で向き合えない問題については、組織改革を目指す企業を支援する専門コンサルと提携。シリコンバレーと静岡を対象地域とする、独自の調査や分析を可能にした。各種調査やインタビューを社員自身が担当するなど、さまざまな点で自分化する工夫が行われた。

インターネットが登場して以来、日本の新聞業界は「新聞を守る」ために苦戦を続けてきた。インターネットやデジタル技術を頭から敬遠し、自らのアイデアで冒険することを避けた。新聞業界には長い間、仮想の「先進社」を求め、お手本とする、横並び趣味があり、「先進社」の2、3歩後ろを進むことをもって身の安全をはかる傾向が強かった。

その正体を見極めることが難しい敵であればあるほど、本来は、自分の目の前に広がる風景や人々と向き合い、戦える環境を独自に作り上げる必要があるのに、実際は「先進社」という事例研究にひたすら時間を費やすケースが目立った。

人を育て、分析する力を身に着けるには時間を要する。他の地方新聞社にとって「静岡新聞社イノベーションリポート」を通じて同社の貴重な経験を知ることが可能だ。しかし、実に勇気のあるステップを見習おうとしても、残念ならそこで見えるのは「静岡の背中」だけだ。イノベーションリポートを書き上げた静岡のみなさんは、もう全然別の風景を目にし、次のアクションに移ろうとしている。その違う風景の中にこそ本格的な戦略上の可能性と今後30-50年の間、「地方新聞社」として生き残るための実践モデルが見えてくるはずだ。

デジタル技術の発達に伴い、新聞業界、特に地方新聞社を取り巻く状況は厳しさを増している。編集、販売、広告など、新聞事業全分野でその影響は深刻さを増しており、「新聞」というメディアにひたすら愛を注ぎ、必死に守ろうとするだけでは、新聞社自体を守ることさえ覚束ない。「新聞」がただちになくなることはもちろん考えられないし、一定の価格政策と合理化によって「新聞」を存続させるだけならありうるかもしれない。しかし、それは事業規模の縮小と引き替えにする話であり、地方新聞社としての役割をこれまで以上に維持・発展させることとは無縁だ。

静岡のみなさんが見ようとしている風景が実際にどんなものになるか非常に興味深い。個人的に「果たして間に合うかどうか」懸念するのは、新聞社を戦略的財政的に支えることが可能な新たなメディアサービスがどの時点で開発可能になるかだ。同社の「マインドセット」が「イノベーション」に向かい、取り組みが活発になればなるほど、さまざまな事業プランが生まれるのは間違いないが、新聞事業に変わるメディアサービスの姿をどの時点でとらえることができるのだろうか。新聞事業の今後の推移に応じてどこかの時点で新しいメディアサービスに移行する想定を置く必要がある。

楽しみなことに、その想定は地方新聞社が置かれている環境によって異なるデザインになるはずだ。新しい時代の軸となるべきメディアを生み出す条件は、それぞれの新聞社の歴史的な背景を踏まえた立ち位置やインターネットとデジタル技術が可能にした新しい環境にあるはずだ。おそらく多様なネットサービスに加えて、その新聞社の総力を挙げたリアルサービスの集合体が想定される。その集合体が新しい地方新聞社の実態と重なる日がやがてはやってくるのだろう。

地方新聞社各社は今後、地域に根差したリアルサービスをどれだけ開発できるだろう。オンライン市場向けのコンテンツ開発も含めて、お金を払ってもらえるメディアサービスを開発できるかどうかがかぎとなる。

全国各地の地方新聞社はそれぞれの歴史や風土、文化、産業とともに育ってきた。インターネットやデジタル環境の中で生き残る戦略を考えるうえでも、各新聞社が置かれた状況そのものが唯一と言っていい武器であり、財産なのだ。そこでは不必要な競争相手をいたずらに生み出すこともない。「静岡新聞社イノベーションリポート」が示している形を表面的になぞるのではなく、事、「そこ」に至り、多くの山川を乗り越えてきたプロセスに注目する必要がある。形を真似て何とかなるものではない。時間も必要だ。インターネットやデジタル技術の発展に対して「食わず嫌い」や頑ななまでの「新聞本位」から脱却することを経営トップがまず決断しなければ何も始まらない。それと忘れてはならないのが「気持ちは分かるけど、自社の報道を本当に読んでいるのだろうか」と冷やかしたくもなる編集諸君の空間識失調ぶりだ。一体、編集現場を預かるトップのみなさんは、インターネットやデジタルの環境の下で、どんな報道、いかなるジャーナリズムを目指そうとしているのか。

インターネットやデジタル技術の発展に向き合う覚悟が地方新聞社に欠けている点については拙著「仙台発ローカルメディア最前線 元地方記者が伝えるインターネットの未来」(金風舎)に本音をぶちまけてあるのでぜひご覧いただきたい。そこでは「未来ビジョン」(CROSS Business Producers)の手法を前提に地方新聞業界が抱える問題の解決の可能性を模索した。併せて東京大学大学院情報学環教授の水越伸さんの議論「メディア・ビオトープ」論を借りて、メディア世界を従来までのマスメディアシャワー型ではなく、人間中心に見直すところから新しい地域メディアネットワークの可能性を模索している。

新聞社を離れて7年。今さら組織論を語るのはおこがましいかもしれない。かつては共に仕事をしてきた後輩たちが現場を担っていることを思えば、責任のない立場から勝手な意見を述べることに逡巡もあるが、「静岡新聞社イノベーションリポート」の、鮮やかなまでの直球勝負に触れて、地方新聞社の直近の未来について語りたい衝動に駆られている。

「仙台のオト」を主題に組曲 作編曲家秩父英里さんと仙台のミュージシャンが共演

仙台の「街の音」を採録し、さまざまな音にちなんだ曲を組曲形式で演奏するジャズライブを聴きました。仙台ジャズギルド主催の「Sound Map ← 2020→ Sendai」。米ボストンにあるバークリー音楽大学を首席で卒業した作編曲家でピアニストの秩父英里さん=仙台出身=が仙台の中堅の演奏者らと共演しました。

「Sound Map ← 2020→ Sendai」に出演した演奏者たちは事前に採録した「街の音」を主題に、4パートから成る組曲を演奏しました。伝統的なジャズのニュアンスだけでなく、現代音楽のような展開、カリプソ的な南国調など、とても楽しめる内容でした。特に賛助出演した仙台フィルのチェロ奏者山本純さんのサウンドは、ジャズライブの楽しさを新たに提供してくれるようでした。

組曲の芯となった「街の音」は、市バスの車内の音、清流として知られる広瀬川の流れをとらえた音、仙台空港の発着音など。「街の音」によって演奏者の何がどう刺激されたのかは、推測することさえ難しいのですが、秩父さんの指示・指揮のもとに繰り広げられるサウンドを聴いているうちに、新しい形の「街の音」が生まれつつあるように思えてくるのでした。

 同時に、新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されるなかで「街の音」を取り上げたことの意味が次第に明瞭になってくるようでした。わたしたちの暮らしがひたすら自粛、活動停止に向かえば、あれほど多様で豊かだった「街の音」が消えてしまう可能性さえあります。そこには、演奏家たちが今こそ、演奏し表現し続けることの意味も二重写しになっていました。

おひとりさまメディア、っていいもんだよ。

仙台のさまざまなメディアの関係者が事例発表する「仙台メディアフェスティバル」が2019年11月23日、仙台市青葉区一番町のフォーラス8階「TAGE」で開かれました。市民参加型のニュースメディア「TOHOKU360」と「TAGE」の共催で、100人を超える来場者で一日中、にぎわいました。仙台メディアフェスティバルは今回が2回目。

TOHOKU360の編集デスク兼通信員(市民ライター)としてTOHOKU360に参加しているので、正確には主催者側あるいはその応援団的な立場ではありますが、個人的なメディア活動である「メディアプロジェクト仙台」(振り返れば新聞社卒業後6年になります)として企画展示に参加しました。

仙台メディアフェスティバルのために設定したテーマは「おひとりさまメディアが面白い」です。展示内容をPDF版にしました。お時間とご関心のある方はご覧ください。「おひとりさま」の言葉を見た人には「寂しそうだ」との印象を与えたかもしれませんが、現職時代を振り返れば、たとえメディア企業に身を置いていても結局は自分一人。組織集団を頼みにするばかりで、まともに課題解決さえできないのではどうしようもありません。

それに対して仙台メディアフェスティバルに参加した多様なメディアの人たちは、大きな既存メディアに比べれば、一人一人の感性や知識、実践力が問われる中で勝負しています。経済的にも恵まれているとは言えないのですが、その着想と、自分たちが設定した目標に向かって進むエネルギーは半端ではありません。

「おひとりさま」の表現はそうした若い世代にエールを送るつもりで考えたものです。もちろん、新聞とネットの双方に軸足を置きながら取材し、編集し、発信し、蓄積・再利用する、大きなプロセスに関して、その都度、自分の周りに起きた、技術、コンテンツ両面にわたる事柄も不十分ながら整理してあります。何よりも、個人的に重要だと思うのは「おひとりさま」で意識的に「メディア」にかかわることによって、仕事やメーンとなる役割以外に「自分軸」が複数できる点です。それらの軸の専門性を時間をかけて高めることによっていわゆる本業へと展開することもありえるし、年齢をいくら重ねても途絶えることのない自分軸に育っている可能性だってあるわけです。

現に仕事を持っているか、これから仕事に就く若い人におすすめなのは、「本来業務」が落ち着いたら、「おひとりさま」で関わるに足るテーマを探すことです。最低限、自分のブログを書き続け、個人メディアとして発信続けるのが望ましい。複数のテーマをキャッチし、時間をかけて育んでいくことで、自分をメディア化するセンスは磨かれます。少なくとも会社人間、組織人間として自らを消耗し尽くすなんてことはありえません。

もちろん、「本来事業」との関係で苦しいこともきっとあるはずなので、そんなときは無理はしない方がいい。どこまでも柔軟に自分本位に続けましょう。

インターネットの登場以来、情報を集め、編集し、蓄積・利活用するツールやシステムは面白いほどに変わってきました。自分にぴったりのツールはかならず見つかります。自分だけの情報環境を組み立てる力を持つことは、たとえばメディアの世界で仕事を見つけるときに有効だし、メディア以外の仕事に就くうえでの基礎的な体力として重要なのは言うまでもありません。

今回の展示では「ブログ」を重要なポイントとしてあげておきました。ブログという表現形式が登場して爆発的に利用される時間を経て、一時は「ブログ疲れ」という言葉さえ聞かれました。どんどん下火になるような雰囲気さえありました。

ところが、Facebookなどのソーシャルメディアが登場してからは、個人的に運営するブログが大きく変質しました。ソーシャルメディアの拡散力は、なるほど注目に値しますが、時間と手間をかけるほどに、そのコミュニティが「仲良しクラブ」的な雰囲気に変化していくことが珍しくありません。

そんなときに、長い時間をかけた自分のブログ環境が一つあれば、コミュニティに参加するにあたって、自分軸に支えられた奥行き、深みを演出する強力な仕掛けになります。ソーシャルメディア時代に意識して「おひとりさま」であろうとすると、人とのつながりはむしろ加速します。そんなに悪いものではないのです。

おひとりさまメディアが面白いPDF版

仙台メディフェス・ビオトープ論PDF版

 

ローカルメディアの鼓動が聞こえる/日本新聞博物館

横浜市にあるニュースパーク(日本新聞博物館)で、全国各地の「ローカルメディア」160点を集めた展示会「地域の編集」が行われています。地域に根差した新聞社の事業事例24社30例と組み合わせながら、多様化が進むメディア社会の風景を見せてくれます。新聞社員の研修を兼ねて、ニュースパークと地元「ローカルメディア」の取材を進めてはいかが?
ニュースパークが今回の企画のために収集し、取材した「ローカルメディア」はさまざまな地域特性やテーマに支えられています。これらの「ローカルメディア」を丹念に読んでみると、メディア社会のありようが単なるビジネスや「マネタイズ」だけで動いているわけではないことを実感できます。なぜか新聞は手を出さないけれども、分厚くて豊かな地域コンテンツがあることも分かるでしょう。
 デジタル化やインターネット、特にソーシャルメディアの普及が急速に進む中にあって進むべき方向性を見失っている新聞社が仮にあるなら、ニュースパークが収集した「ローカルメディア」の成り立ちや運営の実情に関心を持ち、許されるなら編集に参加してみることをおすすめします。その際、上から目線、先人・先輩面は禁止です。
運がよければ、「元祖ローカルメディア」(この企画を支えた編集者の言葉です)と一緒に歩いてくれる人たちの姿や手掛かりが見えてくるかもしれません。

災害と地域メディアの価値/NHKラジオ「ゴジだっちゃ」から

NHK仙台放送局のラジオ番組「ゴジだっちゃ」の9月30日(月)の放送を聴いていたら、台風15号の関連で、地域で活動するメディアの重要性を強調していました。ネットメディア「TOHOKU360」の安藤歩美編集長がゲストで番組に出演し、千葉の人たちはふだんから全国紙やキー局を通じてニュースを知ることに慣れていて、地元の新聞社や放送局の価値に気づいていない、という趣旨で発言していました。

安藤さんは千葉県出身。台風15号では実家に急遽、戻り、被災地を取材しました。その成果をTOHOKU360にも書いています。「ゴジだっちゃ」では毎週木曜日のパーソナリティを務めています。

台風15号上陸から一週間 千葉出身の記者が見た地元の今

その通りなんです。2011年3月11日の東日本大震災を地元メディアの関係者として経験した人ならだれもが感じていることだと思うのですが、東北の人たちは、自画自賛があまり得意でないせいか、自らそのことを強調するのに遠慮があるようです。デジタル化やインターネット社会への対応の点で、立ち遅れ、その原因を作ったベテランたち(自分もその中に入ります)が自信を失っているように見えるのは仕方がないとして、若い人たちまで、無力感を漂わせているように感じるのはとても残念です。

例えばわたしの場合、河北新報社のネット部門に携わっていました。40年もの間、新聞社の仕事に携わっていて、あんなに痛い目にあったことはありませんでした。同時に、非常時にチームで立ち向かうときの充実感や同僚たちの提案力、いざというときに心配してくれた遠く離れているメディア関係者たちからの声援やサポート等々・・。

特に自分の家族の暮らしが震災でダメージを受ける中、毎日、被災地に通い、泥だらけになって取材を続けた記者や編集の諸君、営業の多様な現場で踏ん張った若い人たちの頑張りは見事でした。

デジタル化なんていったって、克服する覚悟さえ本当に整えば、結局は東日本大震災のときに見せた頑張りを多様で分かりやすい事業メニューやプロジェクトとして具体化し、「夜郎自大」のフォームを1日も早く抜け出し、地域メディアだからこそ可能な振る舞いに徹底すればいいだけです。物事を決める権限さえ与えれば、若い人たちからは面白いアイデアがどんどんわくことでしょう。「ゴジだっちゃ」の盛り上がりを聴いて久しぶりにそのことを思い出したのでした。

【書評】「事業を創るとはどういうことか」「温度ある経済の環」を生み出すビジネスプロデューサーの仕事 /「模倣」は通用しない 地方新聞社のデジタル対応

「事業を創るとはどういうことか 『温度ある経済の環』を生み出すビジネスプロデューサーの仕事 」
著者 三木言葉 (CROSS Business Producers株式会社代表取締役)

英治出版

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三木言葉さんと初めてお会いしたのは、10年ほど前に参加した共同通信社での勉強会の席上でした。ヨーロッパのメディアについての報告で、事例調査の詳細なことに驚いたものです。当時はまだ地方新聞社のネット現場を担当していたので、機会を見つけては意見をうかがうようになり、現在に至っています。

地方新聞社に与えられた問題の複雑さ、深刻さに比べて、わが力量の覚束ない場面でも、三木さんはあきらめることなく、粘り強く、こちらの視野を広げる努力を続けてくれました。三木さんの立場からすると、売上の面でも、仕事のレベルとしても、まともな案件とは言えなかったはずですが、プロの仕事の奥行き、特に戦略的な発想をないがしろにしない姿勢から多くを学ばせていただきました。本書でもあらためて書いているように「温度ある経済の環」づくりをビジネスの理念に置くなど、ひとがプレイヤーとなる経済とでもいうべきニュアンスを感じさせます。

三木さんの「事業を創るとはどういうことか」は、40年にわたって、地方新聞社の現場、つまり新聞とインターネット&デジタルの領域を預かり、担当してきた立場からしても、極めて重要な指摘を多数含んでいます。

とりわけ地域に由来するメディアの戦略的なアプローチを考えるには、「第3章ビジネスを設計する」の「事業の基本となる骨組み」がとても重要です。以下、冒頭の部分を引用します。

 新規事業とは、誰かがすでに行っている事業の「模倣」ではなく、今の世の中にはないものを、経済活動として、一定の目的と計画の下に、さまざまな人とともに行うものです。

あまりにも基本的な指摘だと思われるかもしれません。「当たり前ではないか」と。しかし、デジタル社会の本質に半ば背を向け、従来型の発想と手法に逃げ込もうとするケースが目立ちます。本書が詳細に述べている、「事業を創」ろうとする場合の基本的な態度、原則、前提条件をしっかり認識し、「一定の目的と計画」を設定する以外に道はありません。

「模倣」では駄目なのです。本書中にもたびたび登場するように、専門的な知見に触れたときに、「それでいつ、どれだけ儲かるのか」と言わんばかりの態度をとる当事者たちがあまりにも多い。何のためらいもなく、そうした前提を置く人たちに、当事者として議論に参加する資格さえないといっていいでしょう

第1章「事業開発の全体像」と第2章「将来ビジョンを描く」に注目してほしい。「将来ビジョン」は、三木さんらCROSS Business Producersがグローバルなリサーチ活動の過程で開発した手法で、これまでは「未来ビジョン」と呼んでいた考え方です。問題を解決するには、自らの過去・現在・未来について、自ら考え、試行錯誤する以外にありません。

もちろん、実際には多くの才能や知見、人々とのネットワークを生かす以外に道はないのですが、そのことが、他者への安易な依存、前例踏襲的な「模倣」に終わる危険性をはらんでいます。インターネット&デジタル社会20年に乗り遅れてきた地方新聞社を取り巻く状況は極めて厳しい。本書が強調する「新規事業の実践」を軸に、何かの「模倣」ではない、まったく新しい地域メディアとして支持される空間を自ら勝ち取る以外にありません。

従来から存在するメディア批判に対しても、いわゆる全国的な広がりを有するメディアとは異なる立場で一つひとつ解決しつつ、何よりも自らの問題として、自らアプローチする過程が重要です。業界横並び的な「物まね」はもはや通用しません。本書が提示する「将来ビジョン」を自分の問題としてしっかり受け止めることが出発点となるでしょう。

「れいわ新選組」が意味するもの/感度ゼロだった既存メディア

参院選が終わりました。いろいろな観点で語られるべき問題ですが、既存のジャーナリズムにとって、ネット世界で進行しつつある事実を伝えることひとつとっても容易ではないことをあらためて印象付けました。あからさまな悪意に基づくものでない限り、それは文字通りジャーナリズム側の怠慢によるものだけに深刻です。

と書いても、既存の新聞社やテレビ局で働く人たちがどれほど実感できているかは怪しい。山本太郎さんが立ち上げた「れいわ新選組」のことです。既存の報道側が自ら設定したルール(実はその気になれば変えられる)によると、「新選組」は政党ではないので事実上泡沫候補扱い。選挙運動が始まってもほとんど報道されませんでした。党首座談会にも呼ばれない「新選組」が比例で2議席、政党要件まで獲得してしまったのです。その重みを日本の政治状況との関連で受け止められない人は、報道メディア、ジャーナリズムを担う資格はありません。

個人的に関心があって、インターネットでずっとフォローしてきました。山本さんの国会での活動をあらためてチェックし、「新選組」に参加した立候補者について調べました。主にYouTubeで公開された映像を毎晩チェックするだけの単純な作業でした。何しろ新聞を見ても、テレビを見ても、泡沫扱いされているので知る術がありません。

既存のメディアにとって致命的なまでに重要なのは、新聞やテレビが報じなくとも、ネットにはありとあらゆる情報が転がっていたことです。山本さんとともに立ち上がった候補者9人がどんな人であるかも詳細に理解できました。新聞の候補者紹介のような紋切り型で深みに欠けるテキストとは異なり、「当事者こそが最も優れた専門家」であるという山本さんの言葉の意味がよく伝わってきます。参院選の結果にかかわらず、国会内外での市民運動的な展開まで想像できました。このような動きを全く報道しないでいいのだろうか。たまりかねて、Facebookに「自殺行為」と書き込んだのは7月16日のことでした。

候補者一人ひとりの街頭演説もほとんどすべてをフォローできました。言葉の持つ力を毎夜感じるのに翌日の新聞、テレビでは一切紹介されませんでした。既存のメディアの「助け」なしに政党要件まで獲得し、次の衆院選をにらむ「新選組」。

既存のメディアは自己都合や手順にこだわり、事実を伝えるという報道機関の役割さえ果たしてこなかったことを一度は総括すべきでしょう。

2議席当確が出た時間帯、都内で開かれた会見では、大手新聞社の記者から「(今回の参院選報道を踏まえて)メディアに伝えたいメッセージは何か」という質問が出ました。

「新選組」候補者の一人が「僕たちはインターネットだけでここまでたどり着いた。それは、あなたがた既存のメディアのやり方そのものが意味をなさなくなっていることを示す」と答えました。興味があったらネットを検索してください。

写真はJR仙台駅での街頭演説。立憲民主党の石垣のりこさんと同流した(2019年7月17日)

編集長からのメッセージ/西東京市の地域報道メディア「ひばりタイムス」(7完)

「ひばりタイムス」の創設者で編集長の北嶋孝さんからメッセージが届きました。地域報道メディアの運営を通じて得た経験やメディア観はとても参考になります。地域メディアや市民メディアに関心のある人たちにもぜひ読んでもらいたいので、北嶋さんの許可を得て、以下に全面公開します。

◆  ◆  ◆      ◆  ◆  ◆

ご指摘のように、「地域」「地方」「ローカル」と言うときの対象は千差万別です。佐藤さんたちが試みているように「東北」というエリア設定があり、ひばりタイムスのように個別の自治体、行政エリアを指す場合もあります。

暮らしの地域と、行政エリアはピッタリ重なっていません。5年間ひばりタイムスを続けてきた実感です。

地図を見ると、ひばりタイムが主な活動地域にしている西東京市は東京都の最上部、北はずれに位置します。北は埼玉県新座市、東隣は練馬区、南は武蔵野市、西は東久留米市、小平市に隣接している郊外型の住宅地域、いわゆるベッドタウンと言っていいでしょう。西武池袋線と同新宿線が市の東西を横切り、都心の池袋と高田馬場・新宿のターミナルにつながります。

市内にはこの2つの沿線に5つの駅があります。それぞれの駅前にはスーパーや商店が集まり、駅前が人の流れ、賑わいの中心になります。

西東京市は旧保谷市と田無市が2001年に合併して誕生しました。保育園や幼稚園、小中学校の保育・教育ゾーンがいまだ、旧市の区分を残しつつ存在します。これと駅前を中心とした通勤・買い物ゾーンが暮らしを支える生活圏です。これから介護のネットワークをどう重ねていくかが課題になっています。

暮らしのゾーンと行政区分のズレは、別に東京に限らない課題かもしれません。ひばりタイムスのキャッチコピーを「西東京市+近隣、折々日本と世界」とした前半部分は、そんなことを意識して考えました。

ひばりタイムスは西東京市の住民に読んでほしいと思って記事を掲載してきました。
しかし、その区分の差異を摑み損ねているのではないか、読み手に届いていないのではないかと、ひばりタイムスを運営しながら、記事を書きながら、感じてきました。編集長の私のほか、一緒に記事を書く市民ライターの数が限られるという量の問題が大きいことは言うまでもありません。しかし、それだけでもないと、感じているのも確かです。

気になるのは「ニュース」の特性です。
ニュース指標は、新しい、珍しい、社会的な影響度合いなどによって測られます。しかし、こういう使い慣れた指標だけでは、地域生活の実態と合っていません。ズレていると感じます。

例えば地域のお祭やフェスティバルは、毎年ほぼ同じ繰り返しです。関心を寄せる範囲は文字通り地域的、ほぼ狭い地域限定です。1回は取り上げても、2回、3回と続けて書くとなると書き手を変え、視点を変えて取り組むことになります。市内の各地域で繰り返されるこの種のイベントはほかにもたくさんあります。忠実にフォローすると、画面はこういう出来事だらけになりかねません。

これまでの感覚では「ニュースになる」のは限られた出来事でした。しかし暮らしのリズムがほぼ似たことの繰り返しなら、小さく見える地域の催しも別の意味を持ってこないでしょうか。

子どもたちが担ぐ神輿の行列や掛け声を、家の前で待っている方々がいます。毎年続いていることが、日常の折り目節目になっているのです。いわゆるジャーナリズムで当たり前にしていたニュース感覚は残念ながら、こういう平場の繰り返し、年ごとの暮らしのリズムをうまく掴めていません。反復は「ニュース」に馴染みにくいのです。せいぜい「あれから×年」「××周年」などの区切りで辛うじて引っかけていたのではないでしょうか。

対象にしっかり触れ掴まえて書く方法がまだ未熟、と感じます。手を変え品を変えてトライしていますが、手応えはイマイチですね。もっとも、ニュースが暮らしのすべてを覆わなければならないとの考え方自体が傲慢かもしれませんね。

佐藤さんの原稿を読みながら、こんなことをあらためて考えました。
言葉を換えると、読み手をもっとリアルに想像し、伝える手法を磨く必要にあらためて興味が湧いてきました。読者、つまり住民の多重的な意識、重層的な関心については、選挙の投票率である程度推測がつくかもしれないとの仮説を立てました。国政、都政、市政の3段階ですね。おそらく、私たちの暮らしの成り立ち、構造に見合った意識だと感じています。

記事の手法については文体を含め、まだまだみなさんの経験を聞かなければなりません。試行錯誤が必要です。これからもご意見、ご批判を待っています。

5年続けてもなお、先の見えない状態が続きます。つくづく大変なことを始めたと思い始めました。始めるときは、各地の報道サイトとネットワークを組めるかもしれないと思っていました。しかし探してみると、そう簡単ではありませんでした。それと思えるサイト運営者の何人かと会いました。しかし事実上休止状態だったり、まちの風景紹介が主だったりしました。残念ながら、報道に軸足を置く実践ケースに、近隣では出会えませんでした。

「求む、地域報道サイト」。記者OBの「地域デビュー」を切に願っています。各地で、それぞれ個性のある報道サイトが始まるといいですね。

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ネットを理解し、次のステージを目指す/西東京市の地域報道メディア「ひばりタイムス」(6)

「新聞やテレビで仕事をした人たちが全国各地で、地域メディアを立ち上げることができれば面白いでしょうね。各地の地域メディアが協力し合う中で、メディアを運営するための資金の確保なども、きっと手掛かりが見えてくるはずです」

「ひばりタイムス」の創設者で編集長の北嶋孝さんは、団塊の世代を先頭に地域社会に増え続けているメディアOBが地域メディアにかかわってほしいと考えています。

北嶋さんは通信社を卒業後、文化関係のキャリアを生かして地域の演劇活動を支援するメディアの編集にほぼ10年携わりました。70歳になってから地域報道メディアをネットメディアの形で立ち上げ、取材する日々を送っています。自らの暮らしの場でもある地元でメディア事業を続けるための経験値は相当、分厚いものを感じます。

以下、私見をまじえて締めくくりとします。お付き合いください。

「ひばりタイムス」のような地域メディアをメディアOBが自分で新たに立ち上げる場合、メディアとしてカバーする範囲や提供するニュースの量、更新頻度などをあらかじめ見積もる必要があります。特に創設者の個人的なパワーにはどうしても限界があります。1年を通して安定的にメディアを運営できるだけの人的なネットワークづくりは、メディアを創設した後も、常に意識しておくべき課題です。

インターネットの理解と実践のパワーも欠かせません。ネットが登場してほぼ20年。アクセス数や訪問者数が重視されてきましたが、最近では、ソーシャルメディアも含めた、柔軟で多様な流れの中でメディアの価値を再評価する視点が欠かせないように思います。マスメディア的に圧倒的なパワーで同じ情報を流して終わり-そこから先は他人事というのでは、ソーシャルメディアを含めた情報の流れ、コミュニケーションの世界は見えてきません。1対多の構造に乗って、情報をただ流すだけのやり方には、情報の受け手自身が飽き足らなくなっています。メディアを運営する立場からしても、マスメディア的な手法が絶対である時代はとうに過ぎたと言わざるを得ません。

「ひばりタイムス」の場合も、既存のマスメディア的手法に距離を置いたところで地域メディアとしての模索を続けているように見えます。たとえば報道メディアとしての価値を測る手段について北嶋さんは「一つひとつの記事がサイトの重みを測る目安だと思っています。サイトの趣旨や目的、アクセス数よりも、こちらの土俵がもっと厳しい場になります」と語っています。

どういう意味でしょう。インターネットが出現して以来、それまでは聞いたこともない「アクセス数」「ページビュー」「訪問者数」などの言葉が飛び交いました。

初めは「ホームページ」と呼ばれていたウェブサイトは、ページビューや訪問者数などの数字で比較されるのが常でした。報道を目的とするニュースサイトも常にページビューの多寡がすべての価値基準の中心となり、ネット広告ビジネスの世界が一気に広がりました。

SNSが普及し、サイトによっては「荒れ」たり、「炎上」したりして、ニュースサイト運営者に緊張を強いることにもつながりましたが、最近では炎上するほどアクセス数が増える-といった自虐的な受け止め方も珍しくなくなっています。健全とはいえないでしょう。

「一つひとつの記事がサイトの重みを測る目安」になるという北嶋さんの考え方は、利用者あるいは読者一人ひとりがその記事をどう受け止めたかについても価値判断の指標にしたいと考えます。「アクセス数」「ページビュー」などの、単なる数字で置き換えられる指標とはだいぶ異なります。

記事を配信した後の動き、たとえば利用者の受け止め方や反応、提供された情報がどう理解され、どんなアクションに結びついたのか、そのニュースが誰と誰を結び付け、どんな価値を生み出したのか、ソーシャルメディアといわれるサービスがどんな役割を果たしたのか-などの点も視界に入ってくるはずです。

(次回に続く)

(前回に戻る)