おひとりさまメディア、っていいもんだよ。

仙台のさまざまなメディアの関係者が事例発表する「仙台メディアフェスティバル」が2019年11月23日、仙台市青葉区一番町のフォーラス8階「TAGE」で開かれました。市民参加型のニュースメディア「TOHOKU360」と「TAGE」の共催で、100人を超える来場者で一日中、にぎわいました。仙台メディアフェスティバルは今回が2回目。

TOHOKU360の編集デスク兼通信員(市民ライター)としてTOHOKU360に参加しているので、正確には主催者側あるいはその応援団的な立場ではありますが、個人的なメディア活動である「メディアプロジェクト仙台」(振り返れば新聞社卒業後6年になります)として企画展示に参加しました。

仙台メディアフェスティバルのために設定したテーマは「おひとりさまメディアが面白い」です。展示内容をPDF版にしました。お時間とご関心のある方はご覧ください。「おひとりさま」の言葉を見た人には「寂しそうだ」との印象を与えたかもしれませんが、現職時代を振り返れば、たとえメディア企業に身を置いていても結局は自分一人。組織集団を頼みにするばかりで、まともに課題解決さえできないのではどうしようもありません。

それに対して仙台メディアフェスティバルに参加した多様なメディアの人たちは、大きな既存メディアに比べれば、一人一人の感性や知識、実践力が問われる中で勝負しています。経済的にも恵まれているとは言えないのですが、その着想と、自分たちが設定した目標に向かって進むエネルギーは半端ではありません。

「おひとりさま」の表現はそうした若い世代にエールを送るつもりで考えたものです。もちろん、新聞とネットの双方に軸足を置きながら取材し、編集し、発信し、蓄積・再利用する、大きなプロセスに関して、その都度、自分の周りに起きた、技術、コンテンツ両面にわたる事柄も不十分ながら整理してあります。何よりも、個人的に重要だと思うのは「おひとりさま」で意識的に「メディア」にかかわることによって、仕事やメーンとなる役割以外に「自分軸」が複数できる点です。それらの軸の専門性を時間をかけて高めることによっていわゆる本業へと展開することもありえるし、年齢をいくら重ねても途絶えることのない自分軸に育っている可能性だってあるわけです。

現に仕事を持っているか、これから仕事に就く若い人におすすめなのは、「本来業務」が落ち着いたら、「おひとりさま」で関わるに足るテーマを探すことです。最低限、自分のブログを書き続け、個人メディアとして発信続けるのが望ましい。複数のテーマをキャッチし、時間をかけて育んでいくことで、自分をメディア化するセンスは磨かれます。少なくとも会社人間、組織人間として自らを消耗し尽くすなんてことはありえません。

もちろん、「本来事業」との関係で苦しいこともきっとあるはずなので、そんなときは無理はしない方がいい。どこまでも柔軟に自分本位に続けましょう。

インターネットの登場以来、情報を集め、編集し、蓄積・利活用するツールやシステムは面白いほどに変わってきました。自分にぴったりのツールはかならず見つかります。自分だけの情報環境を組み立てる力を持つことは、たとえばメディアの世界で仕事を見つけるときに有効だし、メディア以外の仕事に就くうえでの基礎的な体力として重要なのは言うまでもありません。

今回の展示では「ブログ」を重要なポイントとしてあげておきました。ブログという表現形式が登場して爆発的に利用される時間を経て、一時は「ブログ疲れ」という言葉さえ聞かれました。どんどん下火になるような雰囲気さえありました。

ところが、Facebookなどのソーシャルメディアが登場してからは、個人的に運営するブログが大きく変質しました。ソーシャルメディアの拡散力は、なるほど注目に値しますが、時間と手間をかけるほどに、そのコミュニティが「仲良しクラブ」的な雰囲気に変化していくことが珍しくありません。

そんなときに、長い時間をかけた自分のブログ環境が一つあれば、コミュニティに参加するにあたって、自分軸に支えられた奥行き、深みを演出する強力な仕掛けになります。ソーシャルメディア時代に意識して「おひとりさま」であろうとすると、人とのつながりはむしろ加速します。そんなに悪いものではないのです。

おひとりさまメディアが面白いPDF版

仙台メディフェス・ビオトープ論PDF版

 

ローカルメディアの鼓動が聞こえる/日本新聞博物館

横浜市にあるニュースパーク(日本新聞博物館)で、全国各地の「ローカルメディア」160点を集めた展示会「地域の編集」が行われています。地域に根差した新聞社の事業事例24社30例と組み合わせながら、多様化が進むメディア社会の風景を見せてくれます。新聞社員の研修を兼ねて、ニュースパークと地元「ローカルメディア」の取材を進めてはいかが?
ニュースパークが今回の企画のために収集し、取材した「ローカルメディア」はさまざまな地域特性やテーマに支えられています。これらの「ローカルメディア」を丹念に読んでみると、メディア社会のありようが単なるビジネスや「マネタイズ」だけで動いているわけではないことを実感できます。なぜか新聞は手を出さないけれども、分厚くて豊かな地域コンテンツがあることも分かるでしょう。
 デジタル化やインターネット、特にソーシャルメディアの普及が急速に進む中にあって進むべき方向性を見失っている新聞社が仮にあるなら、ニュースパークが収集した「ローカルメディア」の成り立ちや運営の実情に関心を持ち、許されるなら編集に参加してみることをおすすめします。その際、上から目線、先人・先輩面は禁止です。
運がよければ、「元祖ローカルメディア」(この企画を支えた編集者の言葉です)と一緒に歩いてくれる人たちの姿や手掛かりが見えてくるかもしれません。

災害と地域メディアの価値/NHKラジオ「ゴジだっちゃ」から

NHK仙台放送局のラジオ番組「ゴジだっちゃ」の9月30日(月)の放送を聴いていたら、台風15号の関連で、地域で活動するメディアの重要性を強調していました。ネットメディア「TOHOKU360」の安藤歩美編集長がゲストで番組に出演し、千葉の人たちはふだんから全国紙やキー局を通じてニュースを知ることに慣れていて、地元の新聞社や放送局の価値に気づいていない、という趣旨で発言していました。

安藤さんは千葉県出身。台風15号では実家に急遽、戻り、被災地を取材しました。その成果をTOHOKU360にも書いています。「ゴジだっちゃ」では毎週木曜日のパーソナリティを務めています。

台風15号上陸から一週間 千葉出身の記者が見た地元の今

その通りなんです。2011年3月11日の東日本大震災を地元メディアの関係者として経験した人ならだれもが感じていることだと思うのですが、東北の人たちは、自画自賛があまり得意でないせいか、自らそのことを強調するのに遠慮があるようです。デジタル化やインターネット社会への対応の点で、立ち遅れ、その原因を作ったベテランたち(自分もその中に入ります)が自信を失っているように見えるのは仕方がないとして、若い人たちまで、無力感を漂わせているように感じるのはとても残念です。

例えばわたしの場合、河北新報社のネット部門に携わっていました。40年もの間、新聞社の仕事に携わっていて、あんなに痛い目にあったことはありませんでした。同時に、非常時にチームで立ち向かうときの充実感や同僚たちの提案力、いざというときに心配してくれた遠く離れているメディア関係者たちからの声援やサポート等々・・。

特に自分の家族の暮らしが震災でダメージを受ける中、毎日、被災地に通い、泥だらけになって取材を続けた記者や編集の諸君、営業の多様な現場で踏ん張った若い人たちの頑張りは見事でした。

デジタル化なんていったって、克服する覚悟さえ本当に整えば、結局は東日本大震災のときに見せた頑張りを多様で分かりやすい事業メニューやプロジェクトとして具体化し、「夜郎自大」のフォームを1日も早く抜け出し、地域メディアだからこそ可能な振る舞いに徹底すればいいだけです。物事を決める権限さえ与えれば、若い人たちからは面白いアイデアがどんどんわくことでしょう。「ゴジだっちゃ」の盛り上がりを聴いて久しぶりにそのことを思い出したのでした。

【書評】「事業を創るとはどういうことか」「温度ある経済の環」を生み出すビジネスプロデューサーの仕事 /「模倣」は通用しない 地方新聞社のデジタル対応

「事業を創るとはどういうことか 『温度ある経済の環』を生み出すビジネスプロデューサーの仕事 」
著者 三木言葉 (CROSS Business Producers株式会社代表取締役)

英治出版

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三木言葉さんと初めてお会いしたのは、10年ほど前に参加した共同通信社での勉強会の席上でした。ヨーロッパのメディアについての報告で、事例調査の詳細なことに驚いたものです。当時はまだ地方新聞社のネット現場を担当していたので、機会を見つけては意見をうかがうようになり、現在に至っています。

地方新聞社に与えられた問題の複雑さ、深刻さに比べて、わが力量の覚束ない場面でも、三木さんはあきらめることなく、粘り強く、こちらの視野を広げる努力を続けてくれました。三木さんの立場からすると、売上の面でも、仕事のレベルとしても、まともな案件とは言えなかったはずですが、プロの仕事の奥行き、特に戦略的な発想をないがしろにしない姿勢から多くを学ばせていただきました。本書でもあらためて書いているように「温度ある経済の環」づくりをビジネスの理念に置くなど、ひとがプレイヤーとなる経済とでもいうべきニュアンスを感じさせます。

三木さんの「事業を創るとはどういうことか」は、40年にわたって、地方新聞社の現場、つまり新聞とインターネット&デジタルの領域を預かり、担当してきた立場からしても、極めて重要な指摘を多数含んでいます。

とりわけ地域に由来するメディアの戦略的なアプローチを考えるには、「第3章ビジネスを設計する」の「事業の基本となる骨組み」がとても重要です。以下、冒頭の部分を引用します。

 新規事業とは、誰かがすでに行っている事業の「模倣」ではなく、今の世の中にはないものを、経済活動として、一定の目的と計画の下に、さまざまな人とともに行うものです。

あまりにも基本的な指摘だと思われるかもしれません。「当たり前ではないか」と。しかし、デジタル社会の本質に半ば背を向け、従来型の発想と手法に逃げ込もうとするケースが目立ちます。本書が詳細に述べている、「事業を創」ろうとする場合の基本的な態度、原則、前提条件をしっかり認識し、「一定の目的と計画」を設定する以外に道はありません。

「模倣」では駄目なのです。本書中にもたびたび登場するように、専門的な知見に触れたときに、「それでいつ、どれだけ儲かるのか」と言わんばかりの態度をとる当事者たちがあまりにも多い。何のためらいもなく、そうした前提を置く人たちに、当事者として議論に参加する資格さえないといっていいでしょう

第1章「事業開発の全体像」と第2章「将来ビジョンを描く」に注目してほしい。「将来ビジョン」は、三木さんらCROSS Business Producersがグローバルなリサーチ活動の過程で開発した手法で、これまでは「未来ビジョン」と呼んでいた考え方です。問題を解決するには、自らの過去・現在・未来について、自ら考え、試行錯誤する以外にありません。

もちろん、実際には多くの才能や知見、人々とのネットワークを生かす以外に道はないのですが、そのことが、他者への安易な依存、前例踏襲的な「模倣」に終わる危険性をはらんでいます。インターネット&デジタル社会20年に乗り遅れてきた地方新聞社を取り巻く状況は極めて厳しい。本書が強調する「新規事業の実践」を軸に、何かの「模倣」ではない、まったく新しい地域メディアとして支持される空間を自ら勝ち取る以外にありません。

従来から存在するメディア批判に対しても、いわゆる全国的な広がりを有するメディアとは異なる立場で一つひとつ解決しつつ、何よりも自らの問題として、自らアプローチする過程が重要です。業界横並び的な「物まね」はもはや通用しません。本書が提示する「将来ビジョン」を自分の問題としてしっかり受け止めることが出発点となるでしょう。

「れいわ新選組」が意味するもの/感度ゼロだった既存メディア

参院選が終わりました。いろいろな観点で語られるべき問題ですが、既存のジャーナリズムにとって、ネット世界で進行しつつある事実を伝えることひとつとっても容易ではないことをあらためて印象付けました。あからさまな悪意に基づくものでない限り、それは文字通りジャーナリズム側の怠慢によるものだけに深刻です。

と書いても、既存の新聞社やテレビ局で働く人たちがどれほど実感できているかは怪しい。山本太郎さんが立ち上げた「れいわ新選組」のことです。既存の報道側が自ら設定したルール(実はその気になれば変えられる)によると、「新選組」は政党ではないので事実上泡沫候補扱い。選挙運動が始まってもほとんど報道されませんでした。党首座談会にも呼ばれない「新選組」が比例で2議席、政党要件まで獲得してしまったのです。その重みを日本の政治状況との関連で受け止められない人は、報道メディア、ジャーナリズムを担う資格はありません。

個人的に関心があって、インターネットでずっとフォローしてきました。山本さんの国会での活動をあらためてチェックし、「新選組」に参加した立候補者について調べました。主にYouTubeで公開された映像を毎晩チェックするだけの単純な作業でした。何しろ新聞を見ても、テレビを見ても、泡沫扱いされているので知る術がありません。

既存のメディアにとって致命的なまでに重要なのは、新聞やテレビが報じなくとも、ネットにはありとあらゆる情報が転がっていたことです。山本さんとともに立ち上がった候補者9人がどんな人であるかも詳細に理解できました。新聞の候補者紹介のような紋切り型で深みに欠けるテキストとは異なり、「当事者こそが最も優れた専門家」であるという山本さんの言葉の意味がよく伝わってきます。参院選の結果にかかわらず、国会内外での市民運動的な展開まで想像できました。このような動きを全く報道しないでいいのだろうか。たまりかねて、Facebookに「自殺行為」と書き込んだのは7月16日のことでした。

候補者一人ひとりの街頭演説もほとんどすべてをフォローできました。言葉の持つ力を毎夜感じるのに翌日の新聞、テレビでは一切紹介されませんでした。既存のメディアの「助け」なしに政党要件まで獲得し、次の衆院選をにらむ「新選組」。

既存のメディアは自己都合や手順にこだわり、事実を伝えるという報道機関の役割さえ果たしてこなかったことを一度は総括すべきでしょう。

2議席当確が出た時間帯、都内で開かれた会見では、大手新聞社の記者から「(今回の参院選報道を踏まえて)メディアに伝えたいメッセージは何か」という質問が出ました。

「新選組」候補者の一人が「僕たちはインターネットだけでここまでたどり着いた。それは、あなたがた既存のメディアのやり方そのものが意味をなさなくなっていることを示す」と答えました。興味があったらネットを検索してください。

写真はJR仙台駅での街頭演説。立憲民主党の石垣のりこさんと同流した(2019年7月17日)

編集長からのメッセージ/西東京市の地域報道メディア「ひばりタイムス」(7完)

「ひばりタイムス」の創設者で編集長の北嶋孝さんからメッセージが届きました。地域報道メディアの運営を通じて得た経験やメディア観はとても参考になります。地域メディアや市民メディアに関心のある人たちにもぜひ読んでもらいたいので、北嶋さんの許可を得て、以下に全面公開します。

◆  ◆  ◆      ◆  ◆  ◆

ご指摘のように、「地域」「地方」「ローカル」と言うときの対象は千差万別です。佐藤さんたちが試みているように「東北」というエリア設定があり、ひばりタイムスのように個別の自治体、行政エリアを指す場合もあります。

暮らしの地域と、行政エリアはピッタリ重なっていません。5年間ひばりタイムスを続けてきた実感です。

地図を見ると、ひばりタイムが主な活動地域にしている西東京市は東京都の最上部、北はずれに位置します。北は埼玉県新座市、東隣は練馬区、南は武蔵野市、西は東久留米市、小平市に隣接している郊外型の住宅地域、いわゆるベッドタウンと言っていいでしょう。西武池袋線と同新宿線が市の東西を横切り、都心の池袋と高田馬場・新宿のターミナルにつながります。

市内にはこの2つの沿線に5つの駅があります。それぞれの駅前にはスーパーや商店が集まり、駅前が人の流れ、賑わいの中心になります。

西東京市は旧保谷市と田無市が2001年に合併して誕生しました。保育園や幼稚園、小中学校の保育・教育ゾーンがいまだ、旧市の区分を残しつつ存在します。これと駅前を中心とした通勤・買い物ゾーンが暮らしを支える生活圏です。これから介護のネットワークをどう重ねていくかが課題になっています。

暮らしのゾーンと行政区分のズレは、別に東京に限らない課題かもしれません。ひばりタイムスのキャッチコピーを「西東京市+近隣、折々日本と世界」とした前半部分は、そんなことを意識して考えました。

ひばりタイムスは西東京市の住民に読んでほしいと思って記事を掲載してきました。
しかし、その区分の差異を摑み損ねているのではないか、読み手に届いていないのではないかと、ひばりタイムスを運営しながら、記事を書きながら、感じてきました。編集長の私のほか、一緒に記事を書く市民ライターの数が限られるという量の問題が大きいことは言うまでもありません。しかし、それだけでもないと、感じているのも確かです。

気になるのは「ニュース」の特性です。
ニュース指標は、新しい、珍しい、社会的な影響度合いなどによって測られます。しかし、こういう使い慣れた指標だけでは、地域生活の実態と合っていません。ズレていると感じます。

例えば地域のお祭やフェスティバルは、毎年ほぼ同じ繰り返しです。関心を寄せる範囲は文字通り地域的、ほぼ狭い地域限定です。1回は取り上げても、2回、3回と続けて書くとなると書き手を変え、視点を変えて取り組むことになります。市内の各地域で繰り返されるこの種のイベントはほかにもたくさんあります。忠実にフォローすると、画面はこういう出来事だらけになりかねません。

これまでの感覚では「ニュースになる」のは限られた出来事でした。しかし暮らしのリズムがほぼ似たことの繰り返しなら、小さく見える地域の催しも別の意味を持ってこないでしょうか。

子どもたちが担ぐ神輿の行列や掛け声を、家の前で待っている方々がいます。毎年続いていることが、日常の折り目節目になっているのです。いわゆるジャーナリズムで当たり前にしていたニュース感覚は残念ながら、こういう平場の繰り返し、年ごとの暮らしのリズムをうまく掴めていません。反復は「ニュース」に馴染みにくいのです。せいぜい「あれから×年」「××周年」などの区切りで辛うじて引っかけていたのではないでしょうか。

対象にしっかり触れ掴まえて書く方法がまだ未熟、と感じます。手を変え品を変えてトライしていますが、手応えはイマイチですね。もっとも、ニュースが暮らしのすべてを覆わなければならないとの考え方自体が傲慢かもしれませんね。

佐藤さんの原稿を読みながら、こんなことをあらためて考えました。
言葉を換えると、読み手をもっとリアルに想像し、伝える手法を磨く必要にあらためて興味が湧いてきました。読者、つまり住民の多重的な意識、重層的な関心については、選挙の投票率である程度推測がつくかもしれないとの仮説を立てました。国政、都政、市政の3段階ですね。おそらく、私たちの暮らしの成り立ち、構造に見合った意識だと感じています。

記事の手法については文体を含め、まだまだみなさんの経験を聞かなければなりません。試行錯誤が必要です。これからもご意見、ご批判を待っています。

5年続けてもなお、先の見えない状態が続きます。つくづく大変なことを始めたと思い始めました。始めるときは、各地の報道サイトとネットワークを組めるかもしれないと思っていました。しかし探してみると、そう簡単ではありませんでした。それと思えるサイト運営者の何人かと会いました。しかし事実上休止状態だったり、まちの風景紹介が主だったりしました。残念ながら、報道に軸足を置く実践ケースに、近隣では出会えませんでした。

「求む、地域報道サイト」。記者OBの「地域デビュー」を切に願っています。各地で、それぞれ個性のある報道サイトが始まるといいですね。

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ネットを理解し、次のステージを目指す/西東京市の地域報道メディア「ひばりタイムス」(6)

「新聞やテレビで仕事をした人たちが全国各地で、地域メディアを立ち上げることができれば面白いでしょうね。各地の地域メディアが協力し合う中で、メディアを運営するための資金の確保なども、きっと手掛かりが見えてくるはずです」

「ひばりタイムス」の創設者で編集長の北嶋孝さんは、団塊の世代を先頭に地域社会に増え続けているメディアOBが地域メディアにかかわってほしいと考えています。

北嶋さんは通信社を卒業後、文化関係のキャリアを生かして地域の演劇活動を支援するメディアの編集にほぼ10年携わりました。70歳になってから地域報道メディアをネットメディアの形で立ち上げ、取材する日々を送っています。自らの暮らしの場でもある地元でメディア事業を続けるための経験値は相当、分厚いものを感じます。

以下、私見をまじえて締めくくりとします。お付き合いください。

「ひばりタイムス」のような地域メディアをメディアOBが自分で新たに立ち上げる場合、メディアとしてカバーする範囲や提供するニュースの量、更新頻度などをあらかじめ見積もる必要があります。特に創設者の個人的なパワーにはどうしても限界があります。1年を通して安定的にメディアを運営できるだけの人的なネットワークづくりは、メディアを創設した後も、常に意識しておくべき課題です。

インターネットの理解と実践のパワーも欠かせません。ネットが登場してほぼ20年。アクセス数や訪問者数が重視されてきましたが、最近では、ソーシャルメディアも含めた、柔軟で多様な流れの中でメディアの価値を再評価する視点が欠かせないように思います。マスメディア的に圧倒的なパワーで同じ情報を流して終わり-そこから先は他人事というのでは、ソーシャルメディアを含めた情報の流れ、コミュニケーションの世界は見えてきません。1対多の構造に乗って、情報をただ流すだけのやり方には、情報の受け手自身が飽き足らなくなっています。メディアを運営する立場からしても、マスメディア的な手法が絶対である時代はとうに過ぎたと言わざるを得ません。

「ひばりタイムス」の場合も、既存のマスメディア的手法に距離を置いたところで地域メディアとしての模索を続けているように見えます。たとえば報道メディアとしての価値を測る手段について北嶋さんは「一つひとつの記事がサイトの重みを測る目安だと思っています。サイトの趣旨や目的、アクセス数よりも、こちらの土俵がもっと厳しい場になります」と語っています。

どういう意味でしょう。インターネットが出現して以来、それまでは聞いたこともない「アクセス数」「ページビュー」「訪問者数」などの言葉が飛び交いました。

初めは「ホームページ」と呼ばれていたウェブサイトは、ページビューや訪問者数などの数字で比較されるのが常でした。報道を目的とするニュースサイトも常にページビューの多寡がすべての価値基準の中心となり、ネット広告ビジネスの世界が一気に広がりました。

SNSが普及し、サイトによっては「荒れ」たり、「炎上」したりして、ニュースサイト運営者に緊張を強いることにもつながりましたが、最近では炎上するほどアクセス数が増える-といった自虐的な受け止め方も珍しくなくなっています。健全とはいえないでしょう。

「一つひとつの記事がサイトの重みを測る目安」になるという北嶋さんの考え方は、利用者あるいは読者一人ひとりがその記事をどう受け止めたかについても価値判断の指標にしたいと考えます。「アクセス数」「ページビュー」などの、単なる数字で置き換えられる指標とはだいぶ異なります。

記事を配信した後の動き、たとえば利用者の受け止め方や反応、提供された情報がどう理解され、どんなアクションに結びついたのか、そのニュースが誰と誰を結び付け、どんな価値を生み出したのか、ソーシャルメディアといわれるサービスがどんな役割を果たしたのか-などの点も視界に入ってくるはずです。

(次回に続く)

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気になる低投票率の行方。自治体の力を反映?/西東京市の地域報道メディア「ひばりタイムス」(5)

北嶋さんが「ひばりタイムス」について自ら説明している、素晴らしい動画コンテンツがあります。ぜひご覧ください。

「リスクマネジメントジャーナル」

https://youtu.be/Qz8M9pfA3dA

◆◆◆◆                      ◆◆◆◆

地域メディアを立ち上げる際の考え方や手法はさまざまあり得ますが、北嶋さんのように議会、行政への取材を入り口に地域の諸課題に迫るスタイルは、取材・編集などのメディア経験を生かしやすい環境でもあります。

「ひばりタイムス」の報道を通じて北嶋さんは、自治体行政や地方議会と住民の関係、特に各種選挙における低投票率に注目しています。

「ひばりタイムス」は2019年4月25日の配信で、2018年末に実施された西東京市議選の投票率について特集しました。それによると、西東京市議選の投票率は東京26市のうち最下位でした。

 「年齢別投票率は25歳が14.84%で最低、年代別でも20代が最も低く17.42%だった。全体の投票率36.84%は西東京市の市議選で過去最低。最高は77歳の58.44%となり、その差は43.60ポイントもあった。年代別では20代が最も低く17.42%、70歳以上が51.06%となり、33.64ポイントの差だった。高齢者が高いと言うより、若年層の低投票率が際立っている。18歳、19歳の10代は28.82%、30代は25.22%。40代も32.68%と全体の投票率36.84%を下回り、しかも3分の1を割る。関心が極めて低い現状が浮き彫りになった」

 

選挙の投票率は、国、地方を問わず、政治への関心や地域づくり・まちづくりへの参加意識の低さなど、多様な観点で論じられるところです。とりわけ最近、若者の政治参加を促すための選挙制度改革が実施されている中、西東京市の若い世代の低投票率の低さを目の当たりにすると、若い人たちに向けた選挙啓発のメニュー作りに傾きがちです。

これに対して北嶋さんは「投票率が低いのは「自治体の持っている力を、市民がその程度にしか感じていないからではないか」と指摘しています。

「(自分が暮らしている自治体の問題を)すごく大切だ、何とかしなければならないと思えば、関わろうとするはずです。実際は、自治体に関わらなくとも生活はできるし、何とかなる。国が法律によって最低限の保証をするからです。もちろん、足らないところは多いし、穴だらけでもありますが、全国共通のルールがまずあるわけです」

「国政は大事」という意識は誰もが持っているのに対して「自治体はまれに暴走することはあっても、まず大丈夫」という意識が強いと北嶋さんは感じています。

「大丈夫と思えば、無理して関わらないというのが選択肢としてせり上がってくるのは当然。だから今後も、一朝一夕に投票率が上がるとは思えません。自治体の裁量で取り組める範囲が増えて、独自にいろいろできることが見えてくれば別の話になるかもしれませんが、自治体の財源でも、一般財源の使途は限られています。単独事業は次々に廃止・縮小に向かっているし、職員もどんどん減っています。それでも仕事は増えるので、正規を減らして非正規を増やす以外にないのが現実です」

(次回に続く)

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事実を伝えることの難しさ。地域のリアリティを踏まえて模索/西東京市の地域報道メディア「ひばりタイムス」(4)

地域報道メディアとして「ひばりタイムス」がカバーしている範囲は広範で、テーマも多岐にわたります。「ひばりタイムス」の設立以来、ほぼ5年。北嶋編集長が取り組んできた地域ライターのみなさんへの声掛けからネットワークづくり、報道メディアとしての試行錯誤について正確に論評できる人はほとんどいないかもしれません。

特に地域の諸問題と直に向き合うには、規模の大小を問わず、事実を正確に伝えるという、メディアにとって不可欠な前提をクリアする必要があります。既存のメディアで報道分野に携わった経験者なら誰もがためらう難問と言えるかもしれません。

「ひばりタイムス」の記事にはすべて署名が入っています。「書くことには当然、責任が伴います。公的な空間に書いた文章をさらすのだから、事実関係の確認は可能な限り念入りにやります。仮に、間違ったら即、訂正することを心掛けています。必要だったらお詫びもします。間違いを完全に防ぐことは難しい。5年間やってきて、一番の不安はそれです。自分が編集長として単純なミスをしないような、ある種、注意力を維持できるかどうかが、最大の問題です」

地域メディアとして地域に向き合うことの悩ましさについて北嶋さんは「自分の住んでいる地域で報道メディアを運営する場合、取材対象となる人々やそのニュースの影響範囲にいる人に出会う可能性が日常的に高くなります。事実確認がおろそかになったり、完全には避けえないミスが起きたりすればそれだけで『致命的』です」と振り返っています。

「たとえば、市の政策をめぐってものすごい反対運動が起きているとします。反対運動に取り組む側の事情に共感できる場合、それをニュースとしてうまく書くにはどうすればいいか。決して簡単ではありません。伝統的な報道の世界では、こうした微妙な事例をひとつずつ解決してきました」

北嶋さんが例に上げているのは、一方の主張に偏ることを避けるあまり、焦点がぼけ、ときには「つまらない」「物足りない」などの批判を受けてきた既存のメディアの伝統的な報道表現のことでしょうか。

「『ひばりタイムス』は、どちらの側にもよく受け止めてもらうということではなく、今の時点で、こういう進行だったよな、と落ち着ける内容になっているとともに、後から読んだ時に、なるほどそうだったのか、と、事態があまり歪まないような、参照に耐えうるような書き方をしたい」

「ひばりタイムス」に書いてくれるライターの人たちの「書きたい」「発言したい」というエネルギーは相当なものがあるそうです。しかし、北嶋さんは「わたしが講座なんかでよく言うのは、その言いたい、書きたいという気持ちをいったん自分の中にしまってほしい。今、起きていることをあなたたちの気持ちで、できるだけ淡々と描いてほしいということです」と話しています。

地域のライターたちとじっくり付き合っていると、プロの取材者でも気が付かない視点や表現の工夫が見えてきます。自分の言いたいことを書いて伝えるという仕事は特別に訓練されたプロの取材者たちだけに許された特権ではありません。

「何かを主張する、表現すると、どうしても摩擦を生みやすい。でもここは報道メディアであって、主義主張のためのサイトではありません。起こったことを可能な限り、起こったように伝える報道サイトです。もちろん記事を書くに際して、やむをえず、自分の気持ちをこめることがあるかもしれません。でも、初めから何かを『主張する』『表現する』場ではありません」

「ひばりタイムス」はウェブのほか、メールやフェイスブック、ツイッターなどのソーシャルメディアを活用しています。インターネットが登場して20年。ソーシャルメディアが発達し、文章や写真・動画をネットを通じて発信するだけなら容易になりました。実際の世界は残念ながらネットを悪用した中傷やデマが少なくありません。自分の立場を正当化することにしか関心がないように見える主張や論争も目立ちます。

「ソーシャルメディア時代は、伝統的な報道スタイルが潜り抜けてきた、制約、緊張条件がまったくなくなってしまって、書こうと思えば、何でも書けるようになってしまった。そこで逆にみんなが困っているのかもしれないですね」

ネットとメディアの組み合わせが生まれたばかりのころ、伝統的なメディアの運営者たちの関心は、当事者間の非難の応酬が爆発的に繰り返される、いわゆる「炎上」の問題に向かいました。ソーシャルメディアも発達した現在、新しいメディアを創設するには難しい問題も予想されます。
北嶋さんは「確かにソーシャルメディアの現状は、誰もがおもらしをしている状態」と笑いながら「それでも個人や個性を開花させる条件が整ったという風にニュートラルにとらえたい。ネットが登場する前の、ある種、秩序だった情報空間にはもう戻れないでしょう」と強調しています。

(次回に続く)

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市民ライターの「報告」と編集長の「記事」/西東京市の地域報道メディア「ひばりタイムス」(3)

「ひばりタイムス」の記事を幾つか取り上げながら、北嶋編集長が日々実感している空気を想像してみることにします。

「ひばりタイムス」が日々、提供するニュースや情報について北嶋さんが作成した資料があります。「ひばりタイムス」の運営の一環として開かれた「市民ライター講座」で使われます。それによると、「ひばりタイムス」の記事は、市民ライターが書く「『報告』系」、北嶋さんが書く「『記事』系」に分かれています。両者の「『中間・折衷』系」もあり、やはり北嶋さんが担当しています。以下、北嶋さんの資料からの引用です。貴重なデータなのでほぼ原文通り引用します。詳細は「ひばりタイムス」でご覧ください。

市民ライターがそれぞれの立場で担当した主要な『報告』系の記事です。

・「なんでもあり」「まずはやってみよう」 やぎさわマーケット賑わいのヒミツ(2018年10月11日)https://www.skylarktimes.com/?p=16297

・今、忘れてはいけないこと― 西東京 非核・平和展に思う(2018年8月21日)

今、忘れてはいけないこと ― 西東京 非核・平和展に思う

・涙がこぼれる「子ども条例」誕生 紆余曲折の18年を振り返る

涙がこぼれる「子ども条例」誕生 紆余曲折の18年を振り返る

・国蝶オオムラサキが里山に育つ 日の出町谷戸沢処分場の見学会

国蝶オオムラサキが里山に育つ 日の出町谷戸沢処分場の見学会

・「ひとハコ図書館」など多彩な仕掛け 東久留米市の図書館フェス2018

「ひとハコ図書館」など多彩な仕掛け 東久留米市の図書館フェス2018

・「地域デビュー」はスープの味 「おたがいさま食堂」に初参加(2016年7月29日)

「地域デビュー」はスープの味 「おたがいさま食堂」に初参加

・「放課後カフェ」立ち上げの一歩 西東京市の「つどい」に市外からも(2017年9月26日)http://www.skylarktimes.com/?p=12006

 

取材者・ライターとして市民が参加する仕組みを採用する場合、ライターさんが自らの体験をルポ風にまとめる記事が多くなる傾向がうかがえます。ここでは市民がメディアに参加する場面の多様さを念頭に置けばいいでしょう。見たまま・聞いたままを書くスタイルは取り組みやすいうえ、体験記特有の現場感あふれる表現や、人によって異なる着眼点を味わえるのが魅力です。事実を事実として伝えようとする「報道系」の記事とはかなり趣が異なりますが、事実を簡潔にまとめるテクニックへの入門編としても面白いかもしれません。

 

「ひばりタイムス」の「記事」系のコンテンツは、報道経験のある北嶋さん自身が地域の諸課題を浮き彫りにし、解決策を探ります。主な記事は以下の通りです。

・「市民ニーズに対応する」職員像 西東京市の「課題検討型インターンシップ」(2018年8月26日)

「市民ニーズに対応する」職員像 西東京市の「課題検討型インターンシップ」

・弾痕残る「戦災変電所」一般公開 「西の原爆ドーム 東の変電所」(2018年4月12日)https://www.skylarktimes.com/?p=14654

・「ふるさとの新聞元旦号展」 小平市立図書館で開催(2018年1月8日)http://www.skylarktimes.com/?p=13538

・合言葉は「浮いて待て!」 着衣泳講習会で水の事故を防ぐ(2016年6月9日)http://www.skylarktimes.com/?p=6695

・ワンちゃんが走る、遊ぶ…  いこいの森公園でドッグフェスタ(2017年10月1日)http://www.skylarktimes.com/?p=12054

・コーチ処分は重すぎる 協会からパワハラ受けた 宮川紗江選手が記者会見(2018年8月30日)

コーチ処分は重すぎる 協会からパワハラ受けた 宮川紗江選手が記者会見

・色とりどりのハスの花咲く 旧東大農場の見本園で観蓮会

色とりどりのハスの花咲く 旧東大農場の見本園で観蓮会

・委員会審査の「議事録ない、録音、メモもない」 ごみ処理施設「柳泉園」の長期包括契約業者選定(2018年5月31日)

委員会審査の「議事録ない、録音、メモもない」 ごみ処理施設「柳泉園」の長期包括契約業者選定

・取材申請から事前チェック条項外す 東大・生態調和農学機構の施設(2015年9月6日)https://www.skylarktimes.com/?p=3888

・市施設の指定管理者に市長後援会長の病院(2015年3月26日)https://www.skylarktimes.com/?p=1926

 

【中間・折衷】系

・「田無ツツジ」を追いかけて 散り始めの花を惜しむ(2017年5月1日)http://www.skylarktimes.com/?p=10270

・1日の終わり、1年の締め 富士見テラスから夕陽をみる(2017年12月31日)写真が主http://www.skylarktimes.com/?p=13420

・ひばりヶ丘駅周辺に雪景色 積雪、除雪、融雪、残雪…(2018年1月23日)写真が主http://www.skylarktimes.com/?p=13636

・いまが見ごろのうめまつり 小金井公園で週末まで(2016年2月19日)写真説明を工夫http://www.skylarktimes.com/?p=5518

・「好き」と「楽しい」が導きの糸 ドリーム・ウェスト・ウインド・オーケストラの10年

https://www.skylarktimes.com/?p=11144

・この台を見よ! 買い物後の一工夫

この台を見よ! 買い物後の一工夫

 

(次回に続く)

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