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【書評】「事業を創るとはどういうことか」「温度ある経済の環」を生み出すビジネスプロデューサーの仕事 /「模倣」は通用しない 地方新聞社のデジタル対応

「事業を創るとはどういうことか 『温度ある経済の環』を生み出すビジネスプロデューサーの仕事 」
著者 三木言葉 (CROSS Business Producers株式会社代表取締役)

英治出版

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三木言葉さんと初めてお会いしたのは、10年ほど前に参加した共同通信社での勉強会の席上でした。ヨーロッパのメディアについての報告で、事例調査の詳細なことに驚いたものです。当時はまだ地方新聞社のネット現場を担当していたので、機会を見つけては意見をうかがうようになり、現在に至っています。

地方新聞社に与えられた問題の複雑さ、深刻さに比べて、わが力量の覚束ない場面でも、三木さんはあきらめることなく、粘り強く、こちらの視野を広げる努力を続けてくれました。三木さんの立場からすると、売上の面でも、仕事のレベルとしても、まともな案件とは言えなかったはずですが、プロの仕事の奥行き、特に戦略的な発想をないがしろにしない姿勢から多くを学ばせていただきました。本書でもあらためて書いているように「温度ある経済の環」づくりをビジネスの理念に置くなど、ひとがプレイヤーとなる経済とでもいうべきニュアンスを感じさせます。

三木さんの「事業を創るとはどういうことか」は、40年にわたって、地方新聞社の現場、つまり新聞とインターネット&デジタルの領域を預かり、担当してきた立場からしても、極めて重要な指摘を多数含んでいます。

とりわけ地域に由来するメディアの戦略的なアプローチを考えるには、「第3章ビジネスを設計する」の「事業の基本となる骨組み」がとても重要です。以下、冒頭の部分を引用します。

 新規事業とは、誰かがすでに行っている事業の「模倣」ではなく、今の世の中にはないものを、経済活動として、一定の目的と計画の下に、さまざまな人とともに行うものです。

あまりにも基本的な指摘だと思われるかもしれません。「当たり前ではないか」と。しかし、デジタル社会の本質に半ば背を向け、従来型の発想と手法に逃げ込もうとするケースが目立ちます。本書が詳細に述べている、「事業を創」ろうとする場合の基本的な態度、原則、前提条件をしっかり認識し、「一定の目的と計画」を設定する以外に道はありません。

「模倣」では駄目なのです。本書中にもたびたび登場するように、専門的な知見に触れたときに、「それでいつ、どれだけ儲かるのか」と言わんばかりの態度をとる当事者たちがあまりにも多い。何のためらいもなく、そうした前提を置く人たちに、当事者として議論に参加する資格さえないといっていいでしょう

第1章「事業開発の全体像」と第2章「将来ビジョンを描く」に注目してほしい。「将来ビジョン」は、三木さんらCROSS Business Producersがグローバルなリサーチ活動の過程で開発した手法で、これまでは「未来ビジョン」と呼んでいた考え方です。問題を解決するには、自らの過去・現在・未来について、自ら考え、試行錯誤する以外にありません。

もちろん、実際には多くの才能や知見、人々とのネットワークを生かす以外に道はないのですが、そのことが、他者への安易な依存、前例踏襲的な「模倣」に終わる危険性をはらんでいます。インターネット&デジタル社会20年に乗り遅れてきた地方新聞社を取り巻く状況は極めて厳しい。本書が強調する「新規事業の実践」を軸に、何かの「模倣」ではない、まったく新しい地域メディアとして支持される空間を自ら勝ち取る以外にありません。

従来から存在するメディア批判に対しても、いわゆる全国的な広がりを有するメディアとは異なる立場で一つひとつ解決しつつ、何よりも自らの問題として、自らアプローチする過程が重要です。業界横並び的な「物まね」はもはや通用しません。本書が提示する「将来ビジョン」を自分の問題としてしっかり受け止めることが出発点となるでしょう。

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