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「れいわ新選組」が意味するもの/感度ゼロだった既存メディア

参院選が終わりました。いろいろな観点で語られるべき問題ですが、既存のジャーナリズムにとって、ネット世界で進行しつつある事実を伝えることひとつとっても容易ではないことをあらためて印象付けました。あからさまな悪意に基づくものでない限り、それは文字通りジャーナリズム側の怠慢によるものだけに深刻です。

と書いても、既存の新聞社やテレビ局で働く人たちがどれほど実感できているかは怪しい。山本太郎さんが立ち上げた「れいわ新選組」のことです。既存の報道側が自ら設定したルール(実はその気になれば変えられる)によると、「新選組」は政党ではないので事実上泡沫候補扱い。選挙運動が始まってもほとんど報道されませんでした。党首座談会にも呼ばれない「新選組」が比例で2議席、政党要件まで獲得してしまったのです。その重みを日本の政治状況との関連で受け止められない人は、報道メディア、ジャーナリズムを担う資格はありません。

個人的に関心があって、インターネットでずっとフォローしてきました。山本さんの国会での活動をあらためてチェックし、「新選組」に参加した立候補者について調べました。主にYouTubeで公開された映像を毎晩チェックするだけの単純な作業でした。何しろ新聞を見ても、テレビを見ても、泡沫扱いされているので知る術がありません。

既存のメディアにとって致命的なまでに重要なのは、新聞やテレビが報じなくとも、ネットにはありとあらゆる情報が転がっていたことです。山本さんとともに立ち上がった候補者9人がどんな人であるかも詳細に理解できました。新聞の候補者紹介のような紋切り型で深みに欠けるテキストとは異なり、「当事者こそが最も優れた専門家」であるという山本さんの言葉の意味がよく伝わってきます。参院選の結果にかかわらず、国会内外での市民運動的な展開まで想像できました。このような動きを全く報道しないでいいのだろうか。たまりかねて、Facebookに「自殺行為」と書き込んだのは7月16日のことでした。

候補者一人ひとりの街頭演説もほとんどすべてをフォローできました。言葉の持つ力を毎夜感じるのに翌日の新聞、テレビでは一切紹介されませんでした。既存のメディアの「助け」なしに政党要件まで獲得し、次の衆院選をにらむ「新選組」。

既存のメディアは自己都合や手順にこだわり、事実を伝えるという報道機関の役割さえ果たしてこなかったことを一度は総括すべきでしょう。

2議席当確が出た時間帯、都内で開かれた会見では、大手新聞社の記者から「(今回の参院選報道を踏まえて)メディアに伝えたいメッセージは何か」という質問が出ました。

「新選組」候補者の一人が「僕たちはインターネットだけでここまでたどり着いた。それは、あなたがた既存のメディアのやり方そのものが意味をなさなくなっていることを示す」と答えました。興味があったらネットを検索してください。

写真はJR仙台駅での街頭演説。立憲民主党の石垣のりこさんと同流した(2019年7月17日)

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