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「静岡新聞社イノベーションリポート」を読んで

えっ?この報告書を社外に公開する?しかも、無料で?「静岡新聞社イノベーションリポート」をネットでダウンロードさせてくれるという知らせを受け取ったときの最初の印象は、驚き以外のなにものでもなかった。静岡新聞社の気っ風に異議があるわけではない。聞けば、情報をむやみに独占するのではなく、すべて開放系の環境に置くことで、難問解決に必要な自由な発想、柔軟な議論を実現したいとのことだ。完全に共感できる。

この「イノベーションリポート」をまとめるにあたって静岡新聞社は、米国カリフォルニア州シリコンバレーに専従者を置き、ニューヨークタイムズの手法を日本語訳するレベルから大胆に取り入れた。「イノベーション」の担い手となる人材を育てるため、シリコンバレーでの実地研修を実施した。会社からの指名だけでなく社内公募の形もとった。さまざまな職場環境を背景に持つ研修参加者は、有力なIT企業が集積するシリコンバレーの空気を体感。自分の属する組織の「イノベーション」の意味を実感する契機を得た。

地方新聞社を取り巻く諸問題を解決するには、問題自体が自分化されていなければならない。経営トップの判断を受けて同社でも過去に例のない研修プログラムは実現したが、自力で向き合えない問題については、組織改革を目指す企業を支援する専門コンサルと提携。シリコンバレーと静岡を対象地域とする、独自の調査や分析を可能にした。各種調査やインタビューを社員自身が担当するなど、さまざまな点で自分化する工夫が行われた。

インターネットが登場して以来、日本の新聞業界は「新聞を守る」ために苦戦を続けてきた。インターネットやデジタル技術を頭から敬遠し、自らのアイデアで冒険することを避けた。新聞業界には長い間、仮想の「先進社」を求め、お手本とする、横並び趣味があり、「先進社」の2、3歩後ろを進むことをもって身の安全をはかる傾向が強かった。

その正体を見極めることが難しい敵であればあるほど、本来は、自分の目の前に広がる風景や人々と向き合い、戦える環境を独自に作り上げる必要があるのに、実際は「先進社」という事例研究にひたすら時間を費やすケースが目立った。

人を育て、分析する力を身に着けるには時間を要する。他の地方新聞社にとって「静岡新聞社イノベーションリポート」を通じて同社の貴重な経験を知ることが可能だ。しかし、実に勇気のあるステップを見習おうとしても、残念ならそこで見えるのは「静岡の背中」だけだ。イノベーションリポートを書き上げた静岡のみなさんは、もう全然別の風景を目にし、次のアクションに移ろうとしている。その違う風景の中にこそ本格的な戦略上の可能性と今後30-50年の間、「地方新聞社」として生き残るための実践モデルが見えてくるはずだ。

デジタル技術の発達に伴い、新聞業界、特に地方新聞社を取り巻く状況は厳しさを増している。編集、販売、広告など、新聞事業全分野でその影響は深刻さを増しており、「新聞」というメディアにひたすら愛を注ぎ、必死に守ろうとするだけでは、新聞社自体を守ることさえ覚束ない。「新聞」がただちになくなることはもちろん考えられないし、一定の価格政策と合理化によって「新聞」を存続させるだけならありうるかもしれない。しかし、それは事業規模の縮小と引き替えにする話であり、地方新聞社としての役割をこれまで以上に維持・発展させることとは無縁だ。

静岡のみなさんが見ようとしている風景が実際にどんなものになるか非常に興味深い。個人的に「果たして間に合うかどうか」懸念するのは、新聞社を戦略的財政的に支えることが可能な新たなメディアサービスがどの時点で開発可能になるかだ。同社の「マインドセット」が「イノベーション」に向かい、取り組みが活発になればなるほど、さまざまな事業プランが生まれるのは間違いないが、新聞事業に変わるメディアサービスの姿をどの時点でとらえることができるのだろうか。新聞事業の今後の推移に応じてどこかの時点で新しいメディアサービスに移行する想定を置く必要がある。

楽しみなことに、その想定は地方新聞社が置かれている環境によって異なるデザインになるはずだ。新しい時代の軸となるべきメディアを生み出す条件は、それぞれの新聞社の歴史的な背景を踏まえた立ち位置やインターネットとデジタル技術が可能にした新しい環境にあるはずだ。おそらく多様なネットサービスに加えて、その新聞社の総力を挙げたリアルサービスの集合体が想定される。その集合体が新しい地方新聞社の実態と重なる日がやがてはやってくるのだろう。

地方新聞社各社は今後、地域に根差したリアルサービスをどれだけ開発できるだろう。オンライン市場向けのコンテンツ開発も含めて、お金を払ってもらえるメディアサービスを開発できるかどうかがかぎとなる。

全国各地の地方新聞社はそれぞれの歴史や風土、文化、産業とともに育ってきた。インターネットやデジタル環境の中で生き残る戦略を考えるうえでも、各新聞社が置かれた状況そのものが唯一と言っていい武器であり、財産なのだ。そこでは不必要な競争相手をいたずらに生み出すこともない。「静岡新聞社イノベーションリポート」が示している形を表面的になぞるのではなく、事、「そこ」に至り、多くの山川を乗り越えてきたプロセスに注目する必要がある。形を真似て何とかなるものではない。時間も必要だ。インターネットやデジタル技術の発展に対して「食わず嫌い」や頑ななまでの「新聞本位」から脱却することを経営トップがまず決断しなければ何も始まらない。それと忘れてはならないのが「気持ちは分かるけど、自社の報道を本当に読んでいるのだろうか」と冷やかしたくもなる編集諸君の空間識失調ぶりだ。一体、編集現場を預かるトップのみなさんは、インターネットやデジタルの環境の下で、どんな報道、いかなるジャーナリズムを目指そうとしているのか。

インターネットやデジタル技術の発展に向き合う覚悟が地方新聞社に欠けている点については拙著「仙台発ローカルメディア最前線 元地方記者が伝えるインターネットの未来」(金風舎)に本音をぶちまけてあるのでぜひご覧いただきたい。そこでは「未来ビジョン」(CROSS Business Producers)の手法を前提に地方新聞業界が抱える問題の解決の可能性を模索した。併せて東京大学大学院情報学環教授の水越伸さんの議論「メディア・ビオトープ」論を借りて、メディア世界を従来までのマスメディアシャワー型ではなく、人間中心に見直すところから新しい地域メディアネットワークの可能性を模索している。

新聞社を離れて7年。今さら組織論を語るのはおこがましいかもしれない。かつては共に仕事をしてきた後輩たちが現場を担っていることを思えば、責任のない立場から勝手な意見を述べることに逡巡もあるが、「静岡新聞社イノベーションリポート」の、鮮やかなまでの直球勝負に触れて、地方新聞社の直近の未来について語りたい衝動に駆られている。

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